心の中心の魂

心の中心の魂

心の中心の魂=良心

良心には嘘はつけないものです
そして心の上に田と書いて思と読みます

心とはいつも揺れ動いていてそして定まらないものです

ああも思ったり
こうも思ったり

どんな人でも心の中心の魂は純粋無垢です
しかし肉体の想念から浮かんだ欲に翻弄されることから心が揺れて定まらなくなります

<六根清浄祝詞>
眼に諸々の不浄を見て
心に諸々の不浄をみず
耳に諸々の不浄を聞きて
心に諸々の不浄を聞かず
鼻に諸々の不浄を嗅ぎて
心に諸々の不浄を嗅がず
口に諸々の不浄を言いて
心に諸々の不浄を言わず
身に諸々の不浄を触れて
心に諸々の不浄を触れず
意に諸々の不浄を思いて
心に諸々の不浄を思わず

眼から嫌と云うほど嫌な光景や不浄な状況を目の当たりにします
しかし魂=良心にはその不浄な光景や状況は一切見えません

耳から嫌と云うほど嫌な話や不浄なノイズを聞きます
しかし魂=良心にはその不浄な話やノイズは一切聞こえません

鼻から嫌と云うほど嫌な臭いや不浄な悪臭が入ってきます
しかし魂=良心には不浄な臭いや悪臭は一切嗅ぎ取れません

口で他人の悪口は云えます
しかし魂=良心にはあらゆる不浄を云うことは出来ません

人は諸々の不浄に触れる現実世界に生きてます
しかし魂=良心には不浄な感触を得ること一切ありません
物質世界において表面意識では欲念を起こし悪しき思いや不安・怒り・悲しみなどのマイナスの波動を思うことは出来ます
しかし魂=良心にはこれらのマイナス波動を感ずることは一切不可能です

心とは本来純正であり世俗のしがらみに生きる毎日をきれいさっぱりにするために魂=良心に聴くと云う所作が必要となります

<天地の律法>
(1)省みる
(2)恥る
(3)悔ゆる
(4)畏る
(5)覚る

妻は夫がこれまでの態度を直してくれるものと期待する
夫も妻を叱りつけ云い包めをする
けれど
夫が威張って叱りつければ
妻はヤドカリのように閉じこもる
そして
妻は息を凝らして我慢をし愚痴をため
一見快活を装うが本質は強情を募らせる
愚痴とは癌の元となります
妻が夫の態度を直そうとたしなめの連発や毎日の口撃をする
逆に夫はやる氣をうせて
孤立し自信のない世界へと入りこむ
孤立とは痴呆症の種となります
相手を直そうとする手立てとは逆効果になります
そして相手を直したいと云う思いや行動は常に逆に作用します
状態や環境を変えたければ自分自身を変えることです
自分自身が変わることで相手にとってもこれまでとは調子が変わるからです
そしてとても大事なことは朗らかに自分自身が変わることです

私さえ頑張れば
なぜ感謝の心を持ってくれない

これらの自己の分離の意識である思いを早急に癒し改めて手放すことが肝心です

朝:楽しみだな・ワクワク心
昼:楽しいな・うれしいな・愉快だな
夜:おいしいな・元氣だな・ありがたいな

神社の拝殿正面にある鏡とは己を照らします
鏡に照らされたその己が変われば社会が変わり環境が変わります
鏡なる己の身魂を磨き続け磨き上げることから社会全体を照らすことが鏡の真意です

鏡(カガミ)から
我(ガ)をとれば
神(カミ)です

今の環境素材が変化するのは自己の身魂を磨き続けることが最良だと云うことを知ることです
そして自己の磨き続け磨き上げた身魂からすべてを丸ごと受け入れることで分離が調和へと変化します

相手が悪いと人差す指はあとの三本は自分に向かってます

苦しかったり怒りそうになったらとにかく笑ってしまうことです
笑いには苦しみや怒りは同居できません
今が辛かろうが悲しかろうが今の環境とは身魂を磨くために天が与え授けた最良で最大のチャンスです

天が今を与え今を授けてます
それ以上に重ければ耐えらず
それ以下に軽ければ野放なる

現実世界とは貶されたり褒められたりオドオドビクビクしている最中に急に持ち上げられたり不始末にうろたえたり逆に励まされたり実に多様な現象世界です
生身の身体で物質社会の世渡りに本音と建前の盾と槍を振りかざして得たその喜怒哀楽に果たしてどれほどの人生の価値があるのでしょうか

そしてそれは本当の自分でしょうか

生命とは大宇宙から授かりし頂いたものです
そして生命エネルギーは全てにつながってます
物質世界のもう一つ向こう側の純粋自己にもつながってます

大宇宙とは人を貶しもへつらいもせずそして能力判定もしません
純粋に嬉々として今を味わい何時でも充実へのチャンスを与えて続けてます

本物の自己に浸るのも
偽者の自己に浸るのも
全て自分に任されてます

これまでを振り返り今の人生をもう一度その主役を演じてみたいと思うだろうか
過去の自分とは可もなく不可もなく不可のほうが多くその中にちっぽけな可の部分に意義を見出すことが出来ます

過去に一灯をともし未来を燦然と輝かすこれからがこれまでを決定します

心身の力を抜いて大自然の中でゆっくりと歩いて本物の純正自己をみつめることが大切です

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朝日は照るとも曇るとも
月は盈つるとも虧くるとも
たとへ大地は沈むとも
これが夜明けの晩の意です

鶴とは火の鳥(鳳凰)にして天地人の縦(経:|)
立別
火は厳の御魂:オボツカグラ

亀とは水の生命世界にして生命体の横(緯:―)
調和
水は瑞の御魂:ニライカナイ

火水(カミ)=十(カミ/神)です
これが鶴と亀は統べる意です

「皇神」
後ろの正面とは鏡(カガミ)の中心にうつる我(ガ)の意です
人(霊止)は鏡(カガミ)なり

神が表に現はれて
善と悪とを立別ける
この世を創造りし神直日
霊魂(心)も広き大直日
ただ何事も人の世は
直日に見直せ聞直せ
身の過ちは宣り直せ

鈴木慧星 SUZUKI Satose
Shamanism Consulting.

略歴経歴

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