「愛宕(あたご・おたぎ・おだき)」


京都府亀岡市千歳町国分に鎮座する愛宕神社とは愛宕神社の元宮だと云われていて牛松山の山麓に鎮座してます
神代に牛松山を神籬(ひもろぎ)磐境(いわさか)として祭祀したと伝えられてます

<御祭神>
軻遇突智神(かぐつち)=火産霊神(ほむすび)
伊邪那美神(いざなみ)
大国主神(おおくにぬし)

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「社伝」
継体天皇元年(西紀507年)に初めて神殿が建立され山岳修行の神社として崇られていたと伝えられてます
愛宕の本宮・総社・元愛宕とも呼ばれ山城国鷹峯に愛宕の分霊が祀られ和気清麻呂の請願で嵯峨山山上に遷されたと伝えられてます
これが愛宕山の愛宕神社です

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古来日本人は自然の山や岩・木・海などに神が宿っていると信じて信仰の対象としていて古代神道では社を建てて社殿の中に神を祭るのではなく祭祀の時はその都度神を招いてとりおこなわれたと云われてます
はじめは岩上に神が降りる磐座(いわくら)としてやがてその下にて祭祀をおこないその後は神を招くための小高い場所に玉垣をめぐらして注連縄で囲う磐境(いわさか)で神聖を保ちその場所を神籬(ひもろぎ)と呼びました
古い神社ほど山を御神体とするものが多く今日のように神殿を建てて祀るのはずっと後の時代のことです

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「愛宕権現」
イザナミと地蔵菩薩が一つになった神仏であり愛宕権現の本地仏として本殿に祀られているのは勝軍(将軍)地蔵と云います
愛宕権現は戦の勝利をもたらす神仏として戦国時代にかけて武将の間で信仰がひろまったと云われてます

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京都市「愛宕山」の由来
愛宕山は周辺の沖田・片田などに貝塚が多いことから古代では海に突き出した半島であって笠江岬・笠沙山と呼ばれていました
ニニギノ尊と木花咲耶姫(このはなさくやひめ)は笠江の御前で出会い結婚したと云う伝承があり二人の間に生まれた子供に海幸彦・山幸彦がいます
慶長年間に高橋元種が延岡築城の際(1603年)に城山の山頂にあった愛宕神社をこの山に移したことから山の名前を愛宕山と改めらました
山頂は極天様(天空を極める聖地)と称して崇められた霊山で男坂を設けて国主が斎主を務めたため女人禁制とされてました

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東京都港区愛宕一丁目にある愛宕神社はJR山手線内では珍しい自然に形成された山である愛宕山(標高26m)の山頂に鎮座されてます
1603年に徳川家康の命により創建され徳川家康が信仰した勝軍地蔵菩薩を勧請して愛宕神社とし同神社の本地仏として別当寺の円福寺に祀ったことにはじまります

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「愛宕(あたご)」
あ「1」
た「16」
ご「52」
数霊「69」

数霊「69」
陰陽のバランスの整った銀河の中心に通じるシンボルです
新しい時代への幕開けの始まりであり新しいステージが始まったことを告げる数霊です

6+9=15
数霊「15」とはバランスを顕し満遍なく全方位に向けて開けてゆく開運の数霊です

1+5=6
数霊「6」とは産霊(むすび)の数霊です
睦して
結ばれ
産霊ゆく
聖なる社
とこしえに

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<四位一体>
数霊:自然界の現象や型を数で読み解く
言霊:言葉の成り立ちとエネルギー
音霊:バイブレーション(波動)の力
色霊:色(光の法則)の力

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