「箱根|伝承」


箱根|伝承

「箱根町の由来」
奈良時代には筥根
奈良時代末期には箱根
箱根の「ね」は嶺(峰)で山のことです
箱根の「はこ」は箱型の意で箱型の山が語源です
室町時代(原本は鎌倉時代)の箱根山縁起并序にはその形が梵篋のようであり故に筥根山と名付けたとあります
梵篋(ぼんきょう)とは経典を入れる箱のことを云います

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箱根の山々は神の宿る場所(神籠 ひもろぎ)として古代より信仰を集めてきました
その中でも箱根の最高峰の神山の美しさは人々の畏敬の念を呼び起こし神山をご神体とする山岳信仰が生まれ神山を望む駒ケ岳山頂を磐境(いわさか)・磐座=斎場として古代祭祀が行われてました
駒ケ岳山頂では毎年10月24日に御神火祭が行われていて神山に捧げられた古代祭祀の原点をいまに伝える祭です
仏教渡来以前の神社には社殿はなく神が降臨するのにふさわしい深い森や海・山々が神祭りの場所でありました

「箱根神社」
社殿は奈良時代天平宝字元年(757年)中興の開山の萬巻(まんがん)上人によって建立されました
萬巻上人は神山・駒ケ岳の霊場で3年間厳しい修行を積み霊夢のお告げで現在の場所に社殿を建て萬巻上人は箱根山信仰の礎を固めて里人を苦しめていた毒龍を調伏していまに続く龍神湖水の祭祀を興しました
以来箱根神社に対する人々の信仰は変わることなく箱根山はその信仰とともに悠久の時を刻んでます

「金湯山早雲寺」
北條早雲(ほうじょう そううん)の遺言によって嫡男の氏綱が大永元年(1521年)に建立しされ小田原北條氏の菩提寺として栄え大徳寺関東龍泉派の古刹として広く知られてます

「正眼寺」
創建は古く鎌倉時代に地蔵信仰から生まれたお寺でこのお寺には現在の曽我堂の曾我兄弟所縁の2体の木造地蔵菩薩立像・供養塔・槍突石など曾我兄弟に関係のあるものが多く残ってます

「阿弥陀寺」
木食遊行僧として知られている弾誓(たんせい)上人は慶長9年(1604年)から6年間塔之峰中腹にある洞窟で修行し阿弥陀寺を開きました
同寺は徳川家の菩提寺である東京芝の増上寺の末寺であり皇女和宮の香華院(位牌をお祀りする寺)として知られてます

「鎖雲寺」
早雲寺の塔頭の一つとして湯本に創建され東海道が賑わいを見せはじめた寛永7年(1630年)に須雲川村に移されました
本堂の右手の墓地の一角に小さな五輪塔が2基仲良く並んでいてこれが歌舞伎の箱根霊験躄仇討(はこねれいげんいざりのあだうち)で有名な勝五郎と初花の墓の比翼塚(ひよくづか)です

「長安寺」
仙石原の名刹として知られる五百羅漢のお寺で古くは姥子にありましたが万治元年(1658年)に仙石原にあらたに創建されて長年仙石原の人々の大きな心の拠り所とされてきました
羅漢とは阿羅漢(あらかん=悟りを得て人々から尊敬をうける人)の略で五百羅漢とは釈迦の滅後に経典をまとめた仏弟子500人を顕してます

「公時神社」
金太郎にまつわる伝承が多く残されていて金時山はもともとイノシシの頭に似ていることから猪鼻岳と呼ばれていました
金時山は南足柄市・小山町・箱根町と云うかつて足柄と呼ばれた市町の境界線に位置していてます
金時山の麓には金太郎が住んでいたといわれる宿石(やどりいし)と小さな社が上に置かれた蹴落とし石とがありこの社は金時山の奥の院として祀られ公時を村の守り神として古くから盛大に公時祭を開いてます

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「箱根火山」
箱根火山を形成する火山体の中で最も古いものは約65万年前に噴出した箱根外輪山の南東方面に分布する天昭山溶岩と箱根湯本近くの畑宿付近に分布する畑宿溶岩とされてます
天昭山溶岩流や畑宿溶岩流は玄武岩質の成層火山の噴出物であったと伝えられてます
直径約11Kmのカルデラで特徴づけられる代表的な三重式火山として知られ箱根火山の活動は現在まで続いていてその大きな火山活動は4期に分けられます

第1期:火山活動
約40万年前に箱根火山の活動が始まり連続的に噴火がくり返され約20万年前に古箱根火山と呼ばれ高さ2700mほどの富士山型の成層火山ができあがり山の中央に陥没がおこり大きなカルデラができました
このカルデラ内に水がたまって巨大な湖ができたと伝えられてます

第2期:火山活動
カルデラの陥没から第2期の活動が始まり約20万年~8万年前に溶岩がカルデラの内部に厚く広く噴出して傾斜のゆるやかな楯状火山が形成されました

第3期:火山活動
約5万年前に爆発的な噴火活動が始まり噴火により楯状火山の西側が大きく陥没して新しいカルデラができて2番目のカルデラ湖が形成された時もカルデラ内に水がたまり湖ができました

第4期:火山活動
第4期の火山活動が始まり約数万年~数千年前の間に小規模な噴火が続き神山・駒ケ岳・二子山・冠ケ岳等の中央火口丘が形成されました
この活動の中頃(約2万8千年前)神山から噴出した火砕流が早川をせきとめ仙石原一帯に湖をつくりこの時の湖を仙石原湖と呼んでます
約3,000年ほど前に起こった神山の水蒸気爆発によって大涌谷が生まれて噴きとばされた山体が土砂崩れとなって流れ下り現在の湖尻付近で早川をせきとめ現在の芦ノ湖が誕生しました

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箱根「石仏群」
磨崖仏俗称六道地蔵(まがいぶつぞくしょうろくどうじぞう)を中心とする大規模な仏教遺跡で鎌倉時代に成立しました
この地は湯治の街道である湯坂道の最も険しい峠にあたり厳しい氣候と火山性の荒涼とした景観であったために地獄の地として広く知られました

現存する石造仏は大きく7群に分かれ道沿いにならんでます

(2)磨崖仏俗称二十五菩薩東・西
(まがいぶつ ぞくしょう にじゅうごぼさつ ひがし・にし)
(3)五輪塔俗称曽我兄弟・虎御前墓
(ごりんとう ぞくしょう そがきょうだい・とらごぜんのはか)
(4)宝篋印塔俗称多田満仲の墓
(ほうきょういんとう ぞくしょう ただみつなかのはか)
(5)磨崖仏俗称六道地蔵
(まがいぶつ ぞくしょう ろくどうじぞう)
(6)磨崖仏俗称応長地蔵
(まがいぶつ ぞくしょう おうちょうじぞう)
(7)宝篋印塔残欠俗称八百比丘尼の墓
(ほうきょういんとう ざんけつ ぞくしょう やおびくにのはか)

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芦ノ湖「湖底林」
芦ノ湖の水中に林があることは大昔から知られてます
江戸時代までは水面上に頭を出していて明治時代になって湖の観光開発が始まり遊覧船の航行に危険が出たため先端が切り取られ今では水上からその姿を見ることはできません
まるで湖底から生えたようにしっかり根を張り水面に向かって真っ直ぐ伸びた姿をしているため今から約3,000年前に火山の噴火で早川の流れがせき止められて芦ノ湖が誕生したときに林がそのまま湖底に水没して逆さ杉ができたと伝えられてました
昭和56~58年(1981~81年)におこなわれた調査で湖底から引き上げた樹木の年代を計測したところ逆さ杉が湖底に水没した年代は約1,000~2,000年前と推定され芦ノ湖が誕生した後から水に入っていったことがわかりました
伊豆箱根地方は約500年間隔で大地震に見舞われていてその大地震の際に芦ノ湖周辺の山では大規模な土砂崩れ=山津波が発生して山の立木が崩れ落ちる土砂に真っ直ぐ乗ったまま湖底まで運ばれて逆さ杉になったと伝えられてます

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