「阿耨多羅三藐三菩薩」


「般若心経」
阿耨多羅三藐三菩提(あのくたら・さんみゃく・さんぼだい)
仏教における最高の完全な悟りの境地を顕わします

サンスクリット語(梵語)
anuttara-samyak-sambodhi
アヌッタラ・サンヤク・サンボーディ

漢訳
無上正等正覚(むじょうしょうとうしょうがく)
無上正真道(むじょうしょうしんどう)
無上正遍知(むじょうしょうへんち)

阿耨多羅とはこの上ない最高のと云う意味です
三藐三菩提とは正しい自覚や囚われのない心で物事の真実の姿を正しく見られると云う意味です
三世の諸仏は物事のありようをありのままにとらえる智慧によって無上の悟りを得られたと云われてます

「六欲天(ろくよくてん)」
天部(神)のうちいまだに欲界に捉われる6つの天界を云い六天とも云います
色・声・香・味・触の五欲の楽における喜足心を生じて弥勒の補処の菩薩の止住する処となったと云われてます

(1)四天王
(2)忉利天
(3)夜摩天
(4)兜率天
(5)化楽天
(6)他化自在天

「四天王(してんのう)」
欲界における六欲天の初天(第1)の天部です
この天に住む4人の守護神です
四天王が住む天を四王天あるいは四大王衆天(しおうてん・しだいおうしゅうてん)とも云います
六欲天の第1の天であり四大王衆天の主で須弥山頂上の忉利天(とうりてん)に住む帝釈天に仕え八部鬼衆を所属支配してその中腹で伴に仏法を守護しています
須弥の四洲(東勝神洲=とうしょうしんしゅう/南瞻部洲=なんせんぶしゅう/西牛貨洲=さいごけしゅう/北倶廬洲=ほっくるしゅう)を守護して忉利天主・帝釈天の外臣です
身長は半由旬で寿命は500歳であり一昼夜は人間界の50年に相当すると云われてます

「忉利天(とうりてん)」
欲界における六欲天の第2の天部です
三十三天とも云います
須弥山の頂上の閻浮提の上の80000由旬の処にあり中央に善見(喜見)城があり4面の各80000由旬の大きな城がありそこに帝釈天が住し4方に各8つの城がありその所属支配する天部の衆徒や神々が住んでいてこれに善見城を加えて33天となり三十三天と称されます
三十三天は半月の三斎日には城外西南角の善法堂に集会して如法・不如法を論評すると云われこの天の有情が婬欲を行ずる時は形を変えて人間の如くなり風氣を泄し終われば熱悩がたちまち除かれると云われてます
身長は1由旬で衣の重さは6銖で寿命は1000歳でありその一昼夜は人間界の100年に相当すると云われてます
初生の時は人の6歳の如く色円満し自ら衣服があると云われてます

「夜摩天(やまてん)」
欲界における六欲天の第3の天部です
須夜摩天(しゅやまてん)・焔天(えんてん)などの別名がありインドの民族神でヴェーダ聖典にも登場ヤーマ神とも云われヤーマ天は仏教に取り入れられた後に二途に分かれ一方では上界の光明世界に位置する六欲天としてまたもう一方では下界の死者の裁判官として鬼神の趣や地獄の主である閻魔王となったと云われてます
光明を放ち昼夜を分けずその時分を知って五欲の楽を受け時に随って快楽を受くるより善時天(ぜんじてん)あるいは時分天(じぶんてん)とも云います
帝釈天が三十三天を引率して阿修羅と争った時にこの天だけはそれに加わらなかったため離諍天(りじょうてん)とも云います
身長が2由旬で天衣の長さが4由旬で重さ1銖であり子供を得る時にはその念に従い膝の上から化生して生れた時は人間の7歳の童子の如くで色円満にして浄博食を常に食して色円満にして衣服は自ら備わりその長さは4由旬で広さは2由旬だが非常に軽くその寿命は2000歳あり一昼夜は人間界の200年に相当すると云われてます

「兜率天(とそつてん)」
欲界における六欲天の第4の天部です
兜卒天・都率天などとも云われ覩史多天(としたてん)・兜率陀天(とそつだてん)などとも云います
須弥山(しゆみせん)の上空に位置して三界のうちの欲界に属し欲界六天の下から4番目にあたります
欲望の束縛をかなり脱しているトゥシタとは満足するの意であり七宝の宮殿に内外の二院があり内院は将来仏となるべき菩薩の最後身の住処とされ外院は眷属の天子衆の遊楽の場と云われてます
身長は2里で衣重は一銖半で寿命は4000歳であり一昼夜は人間界の400年に相当すると云われてます

「化楽天(けらくてん)」
欲界における六欲天の第5の天部です
自己の対境(五境)を変化して娯楽の境とする楽変化天(らくへんげてん)とも云います
身長は2里半でつねに光を放ち寿命は8000歳で人の1日1夜として男女が互いに相向かって笑えばすなわち交媾の目的を果たして子は男女の膝上より化生してその大きさは人間の12歳の童子の如くであると云われてます

「他化自在天(たけじざいてん)」
欲界における六欲天の第6の天部です
欲界の天主大魔王である第六天魔王波旬(はじゅん)の住処であり他人の変現する楽事をかけて自由に己が快楽として男女は互いに相視るのみにて淫事を満足し得て子を欲する時はその欲念に随って膝の上に化現すると云われ弓を持った姿で描かれます
身長は3里で寿命は1万6千歳であり一昼夜は人間界の1600年に相当すると云われてます

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法華経「法師品第十」
釈尊より薬王菩薩へ

薬王よこの大勢のものたち諸々の天・竜王・夜叉・神霊の乾闥婆(けんだっぱ)・戦う阿修羅(あしゅら)・大鳥の迦楼羅(かるら)鬼霊の緊那羅(きんなら)大蛇の摩護羅迦(まごらか)男女の出家と在家のものたち声聞(しょうもん)を求めるもの辟支仏(びゃくしぶつ)を求めるもの菩薩道を求めるものこれらの非人と人と多種多様なものたちがこの経を聞いているのをお前は見たか
これらのものたちが法華経の一句でも一言でも聞いて心から歓ぶことあればわたしは阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)の記を授けよう
また如来の入滅ののちに人が法華経の一句でも一言でも聞いて心から歓ぶことあればわたしは阿耨多羅三藐三菩提の記を授けよう
またもし人が法華経の一句を信じ読み誦し弘め書きこの経典を仏のように供養するならばわたしは阿耨多羅三藐三菩提の記を授けよう
どのような人が未来世に仏となるのであろうかと問われればこう答えよう
もし人が法華経の一句を信じ読み誦し弘め書きこの経典を仏のように供養するならばこの人は一切世間の人びとから仰ぎ見られ如来を供養するように供養されてしかるべきである
この人はかって大菩薩であって阿耨多羅三藐三菩提を成就したが清浄の仏国土に行かずに省みて衆生を憐れみ自ら願って悪世の人間世界に来ているのである
もしわたしの入滅ののちただ一人だけのために法華経の一句でも説くならこの人は如来の使いであると知るべきである
まして大衆のなかで説く人はいうまでもない
もし法華経を読誦するものあればその人は仏の装身具を身に着けているのであり如来を肩に担いでいるのである
その人がどこへ行こうとも尊ばれ礼拝されるべきなのである
わたしは実に多くの経を説いてきたし今も説いているしこれからも説くだろう
そのなかにあってこの法華経は最も信じがたく解りがたいのである
この経は諸仏の秘奥のものなれば未だかって明らかには説かれなかったのである
しかもこの経は世の中から受け入れられず如来がいる現在においてすら疎(うと)まれ謗(そし)られている
まして仏の入滅ののちにはなおさらであろう
まさに知るべし
如来の入滅ののちにこの経を信じ弘めるものは如来の加護に守られ如来に会い如来に頭をなでられるであろう
この経を見・聞き信じ受け入れるものは菩薩の道を歩み阿耨多羅三藐三菩提は近いのである
たとえばある人が水を求めて地を掘ったとしよう
乾いた土を見ればまだ水は出ないと知るだろうが倦まずに掘り続けて湿った土が出てくれば水が近いと知るだろう
菩薩もこのようなものである
もしこの経を聞かず知らず学ぶことなければ道は遠いだろう
もし聞き知り学べば必ず阿耨多羅三藐三菩提に近づくだろう
なぜなら一切の菩薩の阿耨多羅三藐三菩提はこの経から生ずるからである
この経は方便の門を開いて真実を開示するのである
この経は奥深いので人が容易に理解できるものではない
それゆえ如来が来て菩薩を成就させるためにこの法を説くのである
薬王よもし人が如来の入滅ののちにこの法華経を説こうとすればどのように説いたらいいだろう
その人は如来の部屋に入り如来の衣を着・如来の座に坐してこの経を説くのである
如来の部屋とは慈悲心である
如来の衣とは我慢強い柔和な心である
如来の座とは一切が空であるとの法の理解である
そうして衆生に広く法華経を説きなさい
この法を説いているときもし世間の人が悪口を言い罵り刀・杖・瓦・石もて害を加えようとも仏を念じて耐え忍べ
わたしは他の世界にあっても神通力で会衆を集めてあげよう
もし経を説く人が人里はなれたところにいるのなら天の非人たちを集めて聞かせよう
時々は会いに行こう
もし一句を忘れることがあればわたしはそれを補ってあげよう

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弥勒菩薩は56億7000万年後に兜率天(とそつてん)からこの地上に顕れ多くの人々を救済すると云われてます

阿耨多羅(あのくたら)
三みやく三菩提(さんぼだい)の
仏たち
我が立つ杣(そま)に
冥加(みやうが)
あらせたまへ

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