「加藤清正と清正公」


加藤清正と清正公
覚林寺清正公堂
 
 
加藤清正(かとうきよまさ)」
安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将・大名
肥後熊本藩初代藩主
別名:虎之助(とらのすけ)

豊臣秀吉の子飼いの家臣であり賤ヶ岳の七本槍・七将の一人です
各地を転戦して武功を挙げて肥後北半国を与えられました
秀吉没後は徳川氏の家臣となり関ヶ原の戦いの働きによって肥後国一国を与えられ熊本藩主となりました
日乗様・日乗居士と呼ばれていた清正は清正公・清正神祇と尊称されるようになり神格化が進み本妙寺浄池廟(熊本市)は清正公(せいしょうこさん)として民衆の清正信仰の中心的存在となりました

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加藤清正公は豊臣秀吉に育てられていますが秀吉が特に信仰していたのが三面大黒天であり秀吉そして正室ねねの菩提寺である京都の高台寺圓徳院には今でも三面大黒天が祀られていて日蓮宗でも三面大黒天信仰がありました
加藤清正の側室であった本覚院月心日円(菊池武宗の娘/川尻殿)の菩提を弔う寺に経王大菩薩・安産守護の法喜大妙神と商売繁盛の基吉大妙神が祀られていてこれが最上三神とも呼ばれる経王大菩薩と八大龍王尊と三面大黒天と伝えられてます

「三面大黒天」
三つの顔をもつ大黒天
正面に大黒天
右面に毘沙門天
左面に弁才天

「八大龍王尊」
天を護る総ての龍神の王

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「覚林寺」
山号:最正山
寺号:覚林寺
住所:東京都港区白金台1-1-47
宗派:日蓮宗

覚林寺は小湊誕生寺十八世可観院日延が開山となり寛永8年(1631年)に創建されました
可観院日延は朝鮮の王族出身ですが豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に加藤清正に捕えられて後小湊誕生寺十八世となり当地に隠居し当寺を創建したと伝えられてます
当寺では加藤清正を祀った清正公堂が著名であり毎年5月4日・5日の両日に行われる清正公大祭には人生の苦悩に打ち勝つお守りとしてしょうぶ入り御勝守が授与されるという他に軍神の毘沙門天を祀っていて山手七福神の一つとなってます

》地図→|こちら

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