人(霊止)還りの道 – 756編

真の宗教家の悦楽は単に大神の美はしき御姿を拝する而巳でなくその聖善の美と合体し契合し融化せむと欲して進みゆく途上の向上的努力にあるのである
そは死せるカンバスや冷たき大理石を材料とせず活ける温かき自己の霊性を材料として大神の御姿を吾が霊魂中に認めむとする偉大なる真の芸術である

ゆゑに真の宗教家の悦楽は時々刻々一歩一歩の栄光に近づきつつ進み行く永久の活動そのものである
故にその生命のあらむ限りはその悦楽は常住不変のものでその慰安もまた空想の世界より来たるに非ず
そは最も真実なる大神の実在の世界より来たるものである

我が与ふる平安は
世の与ふるところの如き非ず
爾曹
心に憂ふる勿れ
また懼るる勿れ

これは正しく這般の消息を伝ふるものである

美の理想を実現するにはまづ美の源泉を探らねばならぬ
その源泉に到着し之と共に活き之と共に動くのでなければ実現するものでは無い
而して其の実現たるや現代人のいはゆる芸術のごとく形体の上に現はるる一時的の悦楽に非ず内面的にその人格の上にその生活の上に活現せなくてはならないのである

真の芸術なるものは生命あり活力あり永遠無窮の悦楽あるものでなくてはならぬ

芸術は宗教の母なり
しかし其の芸術とは今日の社会に行はるる如きものでは無い

造化の偉大なる力に依りて造られたる天地間の森羅万象は何れも皆大神の芸術的産物である
この大芸術者すなはち造物主の内面的真態に触れ大神と共に悦楽し大神と共に活き大神と共に動かむとするのが真の宗教でなければならぬ

真の宗教と真の芸術とを一致せしめ以て両者共に完全なる生命を与へて以て天下の同胞をして真の高天原に永久に楽しく遊ばしめんとするの微意より出でたものがこの「人(霊止)還りの道」である
真の宗教と真の芸術とは双方一致すべき運命の途にあることを人(霊止)は覚り得るべきである

鈴木慧星 SUZUKI Satose
Shamanism Consulting.

略歴経歴

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