人(霊止)還りの道 – 754編

農家の最も氣遣う土用十日前の天氣は最も暑氣の激しくかつガンガンと万木を枯死せしむるごとき勢ひで照りつけねば満足な米は出来ないと謂ふ
しかるに近年の氣候の不調なることは数十年来いまだ曽てなきところと老農がこぼしてゐる

火山の爆発・大洪水・汽車の転覆・飛行機の墜落・労働者の騒ぎ廻り・主義者の検挙・有名なる学者の情死沙汰・支那のゴタゴタ等の数へ来たれば一として地獄世界の現状を暴露せないものはない
アゝ世の中はかくして遂に亡びゆく道程に向かつて進行しつつあるのではなからう乎
実に心もとなき次第である

芸術と宗教とは兄弟姉妹の如く親子の如きもので二つながら人心の至情に根底を固め共に霊最深の要求を充たしつつ人をして神の温懐に立ち遷らしむる人生の大導師である
そは地獄的苦悶の生活より天国浄土の生活に旅立たしむる嚮導者である
故に吾々は左手を芸術に曳かせ右手を宗教に委ねて人生の逆旅を楽しく幸多く辿り行かしめむと欲するのである

矛盾多く憂患繁き人生の旅路をしてさながら鳥謳ひ花笑ふ楽園の観あらしむるものは実にこの美はしき兄弟姉妹すなはち芸術と宗教の好伴侶を有するがゆゑである
もしもこの二つのものが無かつたならばいかに淋しく味氣なき憂世なるか想像出来がたきものであらうと思ふ
人生に離れ難き趣味を抱かしむるものはただこの二つの芸術と宗教なる兄弟姉妹の存在するが故である

そもそも此の二つのものは共に人生の導師たる点においては相一致してゐる
しかしながら芸術は一向に美の門より人間を天国に導かむとするもの宗教は真と善との門より人間を大神の御許に到らしめむとする点において少しく其の立場に相違があるのである
形・色・声・香などいふ自然美の媒介を用ひて吾人をして天国の得ならぬ風光を偲ばしむるものは芸術である
宗教は即ち然らず霊性内観の一種神秘的なる洞察力に由りて直ちに人をして大神の生命に接触せしむるものである
故に必ずしも顕象界の事相を媒介と為さずいはゆる神智・霊覚・交感・孚応の一境に在つて目未だ見ず耳未だ聞かず人の心未だ想はざる霊界の真相を捕捉せしめむとするのは宗教本来の面目である

鈴木慧星 SUZUKI Satose
Shamanism Consulting.

略歴経歴

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