人(霊止)還りの道 – 745編

主は
我が来たるは平和を出さむ為ではない
刃を出さむ為に来たれり
と仰せられてゐる

現代人の多くは宗教の力によつて或は絶対的信仰の力によつて真善美の行為を現はし家庭の円満を企画し自己の人格を向上し社会国家を益せむものと焦慮してゐるやうである
しかしソンナ怪智くさい考へをもつて信仰が得られませうか
刃を出だす覚悟がなくては再臨の救世主に救はることは出来ますまい
信仰の為ならば地位も財産も親兄弟も知己も朋友も一切捨てる覚悟がなくては駄目です
信仰を味はつて家庭を円満にしやうとか人格を向上させやうとかいふやうな功利心や自己愛の精神ではどうして宇宙大に開放された真の生ける信仰を得る事が出来ませうか
自分は世の終わりまで悪魔だ地獄行きだ一生涯世間の人間に歓ばれない
かうした悲痛な絶望的な決心がなくてはこの広大無辺にして有難い尊い大宇宙の真理なる真の大神に触れることができませうか
某聖者が地獄一定と曰はれたのはここにある
某聖者は世を終るまで悪人たることを覚悟されてゐた
主イエス・キリストも大神の御命令とあれば何事も敢て辞さないといふ覚悟を持つてをられたのである

一切の囚はれより
一切の慾望より
一切の執着より
真に離れ去つた時
それは真に胸中無一物
空の空であり
無の無である

その時の心鏡こそは鏡のごとく晴れ渡り澄み切り総ての事象は如実にその心境に移り来たる
その時こそは真に絶対の自由と平安と幸福は立ちどころに与へられさうして過去の一切の経験は一つの偉大なる力となつて現在の一点に躍動するものである
即ちこの瞬間の一点を踏みしめ踏みしめ凝乎と足許を見きはめて精進するやうになればそこに所愛の創造があり進化がある

平素この精神をもつて信仰生活を終始しゐるが世間の一般からは外道悪魔のやうに批評されるものである
しかし善だとか悪だとか天国地獄などに囚はれず総ての因習を捨て大神の愛に向かつて猛進せなくてはなりませぬ

鈴木慧星 SUZUKI Satose
Shamanism Consulting.

略歴経歴

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