「人(霊止)還りの道」207編


真神または厳瑞なる主神(スシン)に認められ愛せられ信ぜられまた主神を認め深く信じ厚く愛するところには必ず天国が開かれます

諸多の団体における善徳の不同よりして主神を礼拝するその方法は同一ではなくその開かれる天国にも差等があり人の往生すべき天国にも相違が出来ます
しかし天国の円満なるはかくの如き不同あるがゆゑです
これは同一の花の咲く樹にも種々の枝振りもあり花にも満開のもの半開のもの莟のままのものがあつて一つの花樹の本分を完全につくしてゐるやうなものと同じです

天国とは各種各様の分体より形成したる単元であつてその分体は最も円満なる形式の中に排列せられてゐます
凡て円満具足の相なるものは諸分体の調節により来たることであり人のもろもろの感覚や外心を動かすところの一切の美なるもの楽しきもの心ゆくものの性質を見れば分明です

あまたの相和し相協ふた分体があつてあるひは同時に或は連続して節奏および調和を生ずるより起こり来たるものは決して単独の事物より発せないものです
これは種々の変化は快感を生ずるに到ることであり日夜目撃・実証するところです
そしてこの快感の性相を定むるは変化の性質いかんにあります
天国における円満具足の実相とは種々の変態に帰因することを明らめ得らるるのです

天国の全体は一つの巨人に譬ふべきものです
甲の天国団体はその頭部にまたは頭部のある局所にあるやうなものです
乙の天国団体はその胸部にまたは胸部のある局所にあるやうなものです
丙の天国団体はその腰部にまたは腰部のある局所にあるやうなものです

最上天国すなはち第一天国とは頭部より頸に至るまでを占め中間天国すなはち第二天国とは胸部より腰および膝の間を占め最下天国すはなち第三天国とは脚部より脚底と臂より指頭の間を占めてゐるやうなものです

天国とは決して上の方のみに在るものではなく上方にも中間にも下方にも存在します
これは人の肉体に上下の区別なく頭部より脚底に至るまでそれぞれ意志のままに活動する資質がある如きものです
そして天国の上面・中間・下面それぞれに住む精霊もあり天人もあります
さらに天の高天原もあり地の高天原も在つて各自その善徳の相違によつて住所を異にします

・・・「人(霊止)還りの道」208編へつづく

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