人(霊止)還りの道 – 704編

現界人の多くは凡て神仏の教を迷信呼ばはりをなしかつ神仏を口にすることを大いに恥辱のごとく考へてをるものが大多数であつて三五の御教を此方から何ほど親切をもつて聞かし高天原に救ひ助けむと焦慮するとも地獄道に籍をおいた人間(ジンカン)には到底駄目である

しかしながら人(霊止)は大慈大悲の大神の御心を奉体し一人たりとも高天原に進ませ永遠無窮の生命に赴かしめ以て神界御経綸の一遍に仕へなくてはならぬ

霊界においても現界においても同一であるが根底の国(地獄界)入りの凶霊と高天原(天界)往きの善霊とを区別せむとするには凶霊はしばしある一定の方向に進まむとするを見ることが出来るものである
凶霊がモシその意のままに放任される時はそれに通ずる道路を往来するもので彼等凶霊が往来する方向と転向する道路とによりてその所主の愛は何れにあるかを確かめらるるものである

現界を去つて霊界に新たに入り来たる人間の精霊は何れも高天原(天界)とか根底の国(地獄界)とかの或る団体に属してゐないものはない
しかし之は内面的の事でありその人間の精霊がなほ依然として外面的情態にある間はその内実を現はさないものである
それは外面的事物が凡ての内面を蔽ひかくしてしまひ内面の暴悪なるものは殊にこれを蔽ひかくすこと巧妙を極めてをるからである

しかしながら現界を去つて霊界に入り或る一定の期間を経たる後に人間の精霊が内面的情態に移る時においてその内分の一切が暴露するものである
この時は最早外面は眠り且つ消失し内面のみ開かるるからである

人間の死後における第一の外面的情態は或は一日或は数日或は数ケ月或は一年に渉ることがある
されど一年を越ゆるものは極めて希有の事である

かくのごとく各自人間の精霊が外面的情態に長短の差のある所以は内外両面の一致不一致によるものである
何故ならば中有界(精霊界)にあつては何人といへども思想および意志と言説または行動を別にする事を許されないから人間の各精霊の内外両面が一となつて相応せざればならぬからである

鈴木慧星 SUZUKI Satose
Shamanism Consulting.

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