「人(霊止)還りの道」669編


<六師外道>
ブランナーカーシヤバ
マスカリー・ガーシヤリーブトラ
サンジヤイーヴイ・ラチヤーブトラ
アザタケー・シヤカムバラ
カクダカー・トヤーヤナ
ニルケラントー・ヂニヤー・ヂブトラ

六師外道は古今東西の区別なく今日といへども尚天下を横行闊歩し暴威を逞しうしてゐる

》ブランナーカーシヤバ
君臣・父子・夫婦・兄弟・朋友などの道を軽んじ現界の一切を無視し生存競争の主義を盛んに主張し断案を下す唯物論者のごときである
宇宙一切は総て空なり無なり人間の肉体は死滅するや否や煙のごとく消え果て死後の霊魂などは決して残るものでない
はたして死後に霊魂ありとすればたとへば唐辛子を焼いて灰となしなほその後にも唐辛子の辛味存するや決して存在せざるべし
これを思へば人間死後の生活を論ずるは迂愚の骨頂なり迷妄の極みなり

》マスカリー・ガーシヤリーブトラ
人間の苦楽には決して行因はないものだと主張する無因外道でありまたこれを自然外道ともいふ
一切衆生の苦悩も歓楽も決して人間の行因によるものでない
いづれも自然に苦楽が来るものである
たとへばここに一つの種子を蒔くにその種子は肥えた土の日当りよき所に蒔かれたのは他に勝れて発達し枝葉繁茂し麗しき花を咲かせ麗しき実を結び人に愛せらるるに引替え同じ種子でありながら痩せた土地に蒔かれあるひは蔭裏に蒔かれた時は十分の光線を受くること能はずその発育も悪しく花も小さく満足な実も結ばないやうなものである
しかるにその種子に善悪は決してない
同じ木から取つた同じ種である
またその種には決して善の行ひも悪の行ひもない
ただ蒔かれたところの場所すなはち境遇によつてあるひは歓喜に浴しあるひは苦悩に浸るのである

》サンジヤイーヴイ・ラチヤーブトラ
自暴自棄・惟神中毒の外道であり無因外道の一種であり現代においてこの種の人間がずゐぶん多く存在してゐる
人間は決して修業なんかする必要がない
天地の草木を見ても春が来れば自然に花が咲き秋が来れば自然に実が生り冬が来れば自然に葉が散るごとく八万劫が来れば自然に人間の苦は尽きて道を得るとなすものである

》アザタケー・シヤカムバラ
現世において何でもかまはぬ苦しみさへしておけばきつと他生において天国に生れ無限の歓楽に浴し百味の飲食を与へられ栄耀栄華に平和の生活を永遠無限に送られるものとなし人間として営むべき事業も為さず深山幽谷に身を潜め火物断ちをしたり穀食を避け松葉を噛み芋などを掘り空氣を吸ひ寒中に真裸・真裸足となりて寒さをこらへ夏は蚊に刺されてあらゆる苦しみをなしその苦の報ひを来世に得むとするいはゆる苦行外道である
真理に暗き現在の人間はかかる苦行外道を指して真人となし聖人と尊び神仏のごとく尊敬するものである
かかる苦行外道を尊敬する人間もまた同氣相求むるの理によつて知らず識らずに地獄道に籍をおいてゐる小外道である

》カクダカー・トヤーヤナ
種々雑多の利己的・形体的・自然的・世界的愛に対して意見を盛んに主張し無形の霊界に対して一瞥もくれずかつ霊界や神仏を無視しながらも現界においても徹底する能はず霊界においては等閑ながらもある時はすこしく霊界の存在を認めて見たりある時は現界ばかりに執着したり精神の帰着点を失うたり二途不摂の異見外道である
バンロギズム(汎理論)
スピリチユアリスチツク・バンセイズム(唯心的汎神論)
バンフシギズム(汎心論)
アーセイズム(無神論)
ブルラリズム(多元論)
モニズム(一元論)
ソシアリズム(社会主義)
アナーキズム(無政府主義)
ニヒリズム(虚無主義)
コンミユニズム(共産主義)

》ニルケラントー・ヂニヤー・ヂブトラ
宿命説に堕落した宿命外道であり何も前世の因縁性来だと断定をくだす無明暗黒なる常見外道でもある
かくのごとき外道はいづれも神あるひは仏以外の所見にして各一派の学説を立て科学に立脚したる霊魂研究でなければ駄目だとかあるひは神仏の名を標榜することを忌みきらひ太霊道だとか二灯園だとかあるひは何々会だとか勝手な名を附して霊魂を研究せむとするはいはゆる常見外道である
人間の苦楽といふものは素から因縁が定まつてゐるものだ
たとへば三碧の星はどうだとか
九紫の星はどうだとか
子の年に生れたからどうだとか
丑の年に生れたからどうだとか
身魂の因縁が良いとか悪いとか
如何ほど神仏を信仰するとも自分の定まつた運命を転換することは出来ない
何事も運命と諦めてその道に殉ずるより外はない
オタマ杓子は鯰に似てゐるがどうしても鯰になることは出来ない
因縁の悪いものが神を信じたところで誠を尽したところで決して立派なものになれさうなことはない
現代はこの外道もつとも蔓延し神仏の名を称ふるよりも霊智学とか神霊研究だとか霊学研究会だとかいふ科学的名称に隠るるをもつて文明人の態度らしく装ひ蟻の甘さに集ふがごとき集まり来たつて雲の彼方の星を探らふとするごとき外道である

いづれも人間(ジンカン)は自尊主義の慢心からかかる六師外道に知らず識らず堕落するのである

・・・「人(霊止)還りの道」670編へつづく

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