「人(霊止)還りの道」650編


春生じて夏枯るる草も朝に生まれて夕に死する蜉蝣のごとき小動物も種子と子孫を遺さないものは一つもない
動植物は生じて枯れ・枯れては生じ・生まれては死し・死しては生まれる
幾百千万歳において大神は同じ神業を繰返させ玉ふものである

人間の生死問題も宇宙の主宰なる大神の目より御覧になる時は万年の昔も万年の未来も少しも変はりはないのである

かの草を見るも茎となり葉となり花となり実となる
草の本体は果して何れにあるのか

昆虫を見るに幼虫となり蝶蛾となり樹間の卵となる
生の本体はそも何ものぞ

卵は虫の始めにして又虫の終りである
初卵と終卵とは同じものか異なれるものか

詮じ詰めれば単に一体の変化に過ぎない
人間もまた是に類する変化は免れ得ない

幼たり老たり死たるも
一体の変化のみである

・・・「人(霊止)還りの道」651編へつづく

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