「人(霊止)還りの道」168編


天の宇受売命
天の香山の天の日影を
手次に繋けて
天の真析を鬘として
天の香山の小竹葉を手草に結ひて
天の岩屋戸に空槽伏せて
踏みとどろこし
神懸して
胸乳を掻き出で
裳紐を番登に押し垂れき
かれ高天原
動りて八百万の神
共に咲ひき
ここに
天照大御神
怪しと以為して
天の岩屋戸を細目に開きて
内より告り給へるは
吾が隠れますに因りて
天の原自ら闇く
亦葦原の中津国も皆闇けむとおもふを
などて天宇受売は楽びし
亦八百万の神
諸々咲ふぞ
汝が命に益りて
貴き神坐すが故に
歓喜咲楽ぶと申しき
天の手力男神
其手を取りて引き出しまつりき
かれ
天照大御神
出で坐せる時に
高天原も葦原の中津国も
自ら照り明りき

いろいろの葉を頭につけたり葛をたすきにかけたりして岩屋戸の前へ行って岩屋戸を開くために宇受売の命が起きたり逆様になったり一生懸命に神懸りをやりました
宇受売の命が天の岩屋戸の前でとんだり跳ねたり腹匐うたり面白いことをして見せたりいはゆる国家的大活動をしたために八百万の神一同がどっと笑ひました
そして一同が非常に元氣づいて天下の一大難局を談笑快楽のうちに治められました

宇受売(ウヅメ)
女性を顕わしますが俗に男女と云はれる男勝りで男のやうな強い人であるオスメまたはオスシの意です

すべての女性は人の心をやはらげるところの天職をもちます
しかし天の岩屋戸の閉まったやうな天下の一大事の際には女だとて女らしくしてゐられない場合があります
男も女も皆一生懸命になって国事に奔走せなければなりません

天の岩屋戸に隠れてゐられました天照大御神はいま私は岩屋戸にかくれてしまった以上は葦原の中津国も天地もともに真闇になってさぞ八百万の神々は困ってゐるであろうと思ふになにゆゑか岩屋戸の外で太鼓を打つ鐘をたたく笛を吹くどんどん足拍子がするそして宇受売の命が嬉しさうにさわぐそして更には八百万の神たちが一緒になってどっと笑ひ楽ぶとはあまりにも不思議に思はれて中からおほせになられました

その国に大国難が出来たときは皆の顔色は変はります

信仰がないと
正勝(マサカ)のときには
顔色が土のやうになるぞよ

誠(真言)の信仰ができて神霊経綸の大道の精神がわかりて真神の御心にかなへばやれ来たそれ来たと勇んで大国難を談笑遊楽のあひだに処理することが出来るやうになります

天の児屋根命(アメノコヤネノミコト)
祭祀のことをつかさどる神の意であり後の中臣となり国政を料理した藤原家の先祖です

天の児屋根命が天神地祇にお供へをしたり太玉命が太玉串をたてまつって神勅をうけ一方では占の道によって万事万端とすべて手筈がととのったときに天照大御神はそっと細目に戸をお開けになられそれがパッと鏡に映りそのあひだに太玉(布刀玉)命が注連縄(七五三)を引きわたしてこれより中にはもうおはいり下さいますなと申しました
これで天地は照明になりました

この鏡に天照大御神の御姿が映った意とは言霊を顕はします
八咫の鏡は現在は器物にして祀られ天照大御神の御神体でありますが神代では七十五声の言霊の意を顕はします
すなはち八百万のマコトの神たちがよって来て言霊を上げたから岩屋戸が開いたと云ふ意です

天津神の霊をこめたる言霊によってふたたび天上天下が明らかになりました
八百万のマコトの神々は献饌し祝詞を上げて鎮魂帰神の霊法に合致して一つの大きな言霊となして天照大御神を見事に言霊にお寄せになられました
そして注連縄を引きわたして岩屋戸が開いた以上はふたたびこれが閉がらぬやうにと申し上げました

注連縄(シメナワ)
七五三と書きます
言霊とはすべて七五三の波を打って行きます

八咫の鏡(言霊の鏡)に天照大御神のお姿がうつってすべての災禍はなくなりいよいよ本当のミロクの世に岩屋戸が開きました
そこで岩屋戸開きが立派にをはって天地照明し万神おのづから楽しむやうになったけれども今度の岩屋戸を閉めさせた発頭人をどうかしなければとなりました

天は賞罰を明らかにす

この岩屋戸を閉めたのはそのほとんどが世界全体の神々が閉めるやうにしたのが要因でした
岩屋戸が開いたときにこれを罰しないことでは神の法にさからふので罪とすればすべての者を罰しなければなりません
しかしすべての神々を罰するとすれば世界がつぶれてしまふのでそこですべての罪ある神々は自分等の不善なりし行動をかへりみず一つの贖罪者を贖主として珍の御子なる建速須佐之男命御一柱にすべての罪を負はし立てて鬚を斬り手足の爪をも抜き取りて根の堅洲国へ追ひ退けました

厳の御霊の役目とはすべて世の中が治まったならば余りむつかしい用はなく統治さへ遊ばしたらよいものです
瑞の御霊の役目とはこの世のつづくかぎり罪人のためにどこまでも犠牲となる役をせねばなりません

人(霊止)はいかなる難事にも出会しても難事とも思はず何事も真神の思召と信じて人力のあらむかぎりを安々とつくすことです
そして事業などは大事業だとか大難事だとか思ふやうでは回天の神業は到底つとまりません
さらには三千世界の立替立直しに対してもそれが完成は浄瑠璃一切り稽古するくらゐにより思ってをらなければなりません
実に平氣のへいざで日夜神業に面白くたのしく奉仕することですべてがマコトの信仰のもとによろこび勇んで元氣よく活動するやうになります

かくり世のことを
細かにしるしたる書は
霊魂の力なりけり

霊幸ふ神の守りの強ければ
病まず死なずの
身魂となるべし

日の本の国に幸はふ言霊の
稜威に亡ぶ
百の曲神

火と水の二つの柱世に出でぬ
これが誠の
火水(カミ)世の礎

・・・「人(霊止)還りの道」169編へつづく

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