「人(霊止)還りの道」630編


懐の寒きがゆゑに藪医者は
薬にまでも風ひかせけり

アゝア
どつかそこらに香ばしい病人がないかと捜してみたが
野たれ
行倒ればかりで
根つから金をくれさうな奴もなし
こんな所へ迷つて来た
これだから
内の嬶が酒を呑むな酒を呑むなといつもいひよるのだけれど
医者の養生知らずといつて
どうも節制が守れないものだ
あまりこの頃は世界の人間が賢うなつて
衛生とか運動とかに注意をし出したので
何奴も此奴も壮健になり
妖仙さまの懐はますます御衰弱遊ばす
困つたことだなア
去年仕入れた薬は風を引く
だといつて
ヤツパリ元がかかつてゐるのだから
病人に呑まして金にせなくちや会計は立たず
呑ましても呑ましても直らぬものだから
あいつア竹の子だ
藪医竹庵だ
と仕様もない噂を立てられ
門前雀羅を張つて実に惨めなものだ
どこぞ好い患者があれば
一つ取つつかまへたいものだなア

コレヤコレヤ一寸待て
その方は何者だ

ハイ
拙者は仁術をもつて家業といたす国手でござる
何ぞ用がござるかな
病氣とあらば拙者が脈をみてやらうかな

俺は至極健全だ
医者なんかに用はない

アゝさうかな
さうすれば私に用のない人だ
私と親密な交際をする者は病家ばかりだ
このごろは何だか三五の教とかいふ邪教が蔓延して何奴も此奴も病氣を直し
非常な商売の妨害をいたすので聊か困つてゐるのだ
アゝ医者もモウ世の末かなア

その方の姓名は何と申すか

ハイ病井妖仙ともいひ
藪医竹庵とも申します

どちらも其方の綽名だな
本名は何といふか

あまり商売が忙しいので
本名は忘れました
誰も彼も私の前では
先生先生といひますから
マア先生が本名でございませうかい

その方は一生の間に病人を幾ら助けたか

助けたのも沢山ございますが
寿命のない者は
神さまだつて
医者だつて叶ひませぬから
しかしながら医者と南瓜はひねたがいいと申しまして
一人前の医者にならうと思へば
どうしても経験上
千人ぐらゐを殺さなくちやなりませぬからなア

汝は本当に診察しても
病氣の原因や医療法が徹底的に分つてゐるのか

人間の分際として
分りさうなことはありませぬが
ともかく先人の作つておいた医書と首つ引して薬の調合いたします
そして問診といつて
介抱人や家族の者に病の経過を聞き
食慾の有無を問ひ糺し
また望診といつて
病人の様子を望み
顔の黄色い病人は黄疸と断定し
赤い奴は酒の酔と断定し
それ相当の薬を与へます
その上
血液循環の様子や
呼吸器・神経系統などを
念入りに調べるため
打診・聴診・触診など
あらゆる手段をつくし
どうしても分らない時は
いい加減な名をつけて
マア胡魔化すのですな
沢山に医者もおりますが
実際の病氣をつかんだ医者は
恐らくは一人もありますまい
世の中はマアこんなものですよ

不届きな藪医者奴
その方の薬違ひによつて
あるべき命を棄てたる者が幾人あるか分らぬぞ
人殺しの大罪人奴

医者は人を殺しても
別に法律には触れませんよ
それが医者の特権です
普通の人間が人を殺せば
たちまち死刑の処分を受けねばなりますまい
医者は堕胎をしようが手足を切らうが
堕胎罪にもならず傷害罪にもならず
一種の特権階級だから
お前等に大罪人呼ばはりをされるはずがない
かまうて下さるな
ヘン
お前は顔が赤い
チツと逆上せてござるな
チツと古いけれどセメンエンでも上げませうか
陳皮に茯苓
ケンチヤナ末にマア仁油
重曹に牡蠣
何なら一服召し上がつたらどうだい

バカツ
汝は医者の押売りをいたすのか

さうですとも
生存競争の烈しき世の中
医者だといつて
ジツとしてをれば誰れも来ませぬ
大新聞に広告をしたり
記者に提灯を持たせたり
金を出して博士の称号を取つたり
種々雑多と体裁を飾り立てなくては
乞食だつて手を握つてくれといふ者がありませぬワ

この帳面に
よく調べてみると
その方は葡萄酒に水を混ぜて
大変高貴な薬だと申し
病人にのませ
非常にボツた事があらうな

そらさうですとも
しかしながら私達のボルのは一服五銭十銭と小さくボツてゆくのです
一口に千円万円とボツている奴は
世界に幾らあるか知れませぬよ
四百四病のうちでも直る病もあれば
どうしても直らない病がありますが
それでも病人が薬をくれといへばやらぬ訳にもゆかず
また此方もボルことが出来ぬから
あかぬとは知りつつ
葡萄酒に水をまぜて慰安のために呑むましてをります
これがいはゆる医者の正に尽すべき道徳律ですから
さう貴方のやうに一口に貶すものぢやありませぬ

ともかく難物だ
到底モルヒネ注射ぐらゐでは氣がつくまいが
今に荒料理をしてやるから
マア奥へ行つて順番の来るまで待つてゐるが可いワ

あなたは今
荒料理をしてやるといつたが
それは外科的大手術の事でせう
あなたは医者の鑑札を持つてゐますか
そんな事をなさると医師法違反で告発しますぞ
こちらにも考へがあるから
お前達のやうな素人に俺達の縄張を荒らされては
到底
医者として立つていけるものぢやない
鎮魂だの
祈祷だの
心理療法だのと
このごろは俺達の敵が沢山現はれて商売の妨害をするから
全国医師大会を開いて政府に抗議を申し込み
彼等の輩を殲滅せむと筍会議で定めてあるのだ
それに素人のお前が
大手術を医者の私に向かつてしてやらうなどとは
法治国の人民として
実に怪しからぬものだ

中有界(精霊界)の中心地なる八衢の関所の白の守衛は妖仙の腕をグツと握りいやがるのを無理無体に引張つて関内に隠れた

・・・「人(霊止)還りの道」631編へつづく

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