「人(霊止)還りの道」156編


自力の中に他力あり
他力の中に自力あり

神と人とは持ちつもたれつ呼吸(イキ)が合ねば御神徳にあらはれて来ぬものなり
人は神に救けられて世の中に活躍し神は人に敬はれて御神徳をあらはしたまふものなり

ゆゑに他力ばかりを待つてゐたところで棚から牡丹餅が落ちて来るやうなわけには行きません

人(霊止)はつくすべき道をつくし心をつくし身をつくし自分の力で尽くしやうがないところまで尽くしたとこで始めて真神大神が力を添へて下さはります

偸案姑息に甘んじ自分ばかり為べきこともせずに楽な方へ楽な方へと身勝手なることばかり考へてゐる輩には真神大神の御神徳は到底に顕れません

この世の中が曇るのも皆神のわざでなく我々人間(ジンカン)の心得が悪くたがいに憎み・妬み・怨み・謗り・怒り・呪い・瞋恚の焔をもやして悪魔道のやうに優勝劣敗・弱肉強食の悪心悪行が天地をつつんで日月の見えぬ暗黒界となります
暗黒界とはすべて人間(ジンカン)の口から吹く邪氣が凝ったものです

人(霊止)は善言美詞の言霊をもって直日に見直し聞き直し宣り直し天津神言の伊吹によってこの天地の妖雲をはらひ清めねば天日の光を仰ぐことは出来ません

一人でなにほど清い言霊を使ったところで何の足しにもならぬなどと云ふやうな考へでは正神の容器でなくなり醜の曲津が身魂に巣を組みます
一日も早く心の曲津をほり出し自己の身魂を掃除して真如の日月を心の天にかがやかすことが肝要です
塵悪魂のたまった座敷に尊い正神を据ゑることは出来ません
すべて各自が自己の身魂をみがくことが第一です

人盛なれば天に勝ち
天定まって人を制す

泥の池に清き月の影うつらず
曇った鏡に姿うつらず

玉の井の湖と云う水晶の湖の湖水が天へ舞ひあがり二つに分かれて出来たのが呉の海と琵琶の湖です
玉の井の湖には諸善竜神様がお住居し世界の楽土と云われました

自己の心の鏡が曇ってをれば美しいことはなく常に鬼・大蛇・醜女・深女が四方八方から取りかこんで苦しめに来るだけです

人の心相応に正神あらはれ給ふなり

・・・「人(霊止)還りの道」157編へつづく

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