「人(霊止)還りの道」616編


世の中には善悪不二とか正邪一如とかいふ聖言を楯に取つて自分の勝手のよいやうに解釈してゐる者もあるやうだがこれは大神が善悪不二と言はるるのは中有界(精霊界)に迷へる人間(ジンカン)に対していはれるのでありかつ大神は善悪にかかはらず慈愛の心をもつて望ませらるる見地から仰せらるる言葉である
決して人間の云為すべき言葉ではない

どうしても人間が肉体を保つて現世にある間は絶対的の善を為すことは出来ない
しかしながらその内的生涯において高天原に籍をおくことを得るならば最早これを霊主体従の人(霊止)いふことが出来るのである

中有界(精霊界)の中心地なる八衢は善悪正邪の審判所であつて今日の人間の大部分はこの中有界(精霊界)と根底の国(地獄界)に籍をおいてゐるものである
されども人間が霊肉脱離の関門を越えて霊界に行つた時はその外分の情態は時を経るに従つて除却さるるがゆゑにその内分のみ存在しここに霊的生涯を営むこととなる
この時は肉体に附ける総ての悪は払拭されその純潔なる霊は高天原の団体に霊相応に和合し得るものである

しかしながらあまり利己心の強い人間(ジンカン)は死後に至るまでその執着を残し容易に駆除されないがゆゑに外分のみ開けかつまた外分が時を追うて脱離するとともにその内底の悪はたちまち暴露され妖怪変化のごとき浅ましき面貌となつて根底の国(地獄界)に墜ちゆくものである

・・・「人(霊止)還りの道」617編へつづく

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