「人(霊止)還りの道」548編


この「人(霊止)還りの道」が真面目を欠いて不快に感ずる者はそれはいはゆる精神上に欠陥ある人間(ジンカン)であつて癲狂者かあるひは偽善者である
それはお腹がすいてもひもじうないといふ虚偽虚飾の態度である

かくのごとき考へを捨てざるかぎりなにほど神の前に礼拝し神を賛美し愛を説くといへどもたうてい高天原に入ることはできない
つとめて地獄の門に押し入らむとする痴呆者である

すべて現界の聖地に大神の恵によつて引きつけたる人(霊止)および教を信仰する信徒はすべて大神の神格のうちにあるものである
しかるに灯台下暗しとかいつてこれを認め得ざるものは天人的人格を保つことはできないものである
富士へ来て富士を尋ね冨士詣でといふやうに富士山のなかへ入つてしまへば他に秀れて尊き霊山たるを知らず普通の山と見ゆるものである

しかして遠くへだててこれを望む時は実にその清き姿は雲表に屹立し鮮岳清山を圧して立てるその崇高と偉大さを見ることを得るやうにかへつて遠く道をはなれ教に入らざりし者が色眼鏡を外して見る時はその概要を知り全般を伺うことが出来るやうにかへつて未だ一言も教を聞かず一歩も圏内に足をふみ入れざる人の方がその真相を知るものである

・・・「人(霊止)還りの道」549編へつづく

関連記事一覧

無料メルマガ

お名前

メールアドレス


(ドメイン satose.jp 受信設定)

ブログポリシー

鈴木慧星 BLOG の知的財産権および財産・プライバシー・肖像権等その他の権利を侵害する行為等を一切禁止します

鈴木慧星 BLOG へのソーシャルメディアに関するポリシーおよびルールとマナーに違反する行為等を一切禁止します