人(霊止)還りの道 – 547編

神の言葉を売薬の能書きくらゐに心得そして何事をも信ぜずまた自己を外にして徳を行ふの念なく人の見ざるところにおいて善をなすことを忌み悪を人の前に秘し善は如何なる小さきことといへども必ず人の前に現はさむことを願ふ

ゆゑに彼らがもし万一善なる行ひをなしたりとせばそれは皆彼ら自己のためになすところによる
また彼らが他人のために善を行ふことあればそれは他人および世間より聖人あるひは仁者と見られむことを願ふに過ぎない

かくのごとき人間(ジンカン)のなすことはすべて自愛のためである
自愛はいはゆる地獄の愛である

この「人(霊止)還りの道」を読み来てゐる偽善者も偶にはあるやうだ
なにほど内底の天に向かつて閉塞したる人間(ジンカン)の身魂に流入しあるひは伝達せむとするもたうてい駄目である
故にどうしてもこの「人(霊止)還りの道」の氣にくはぬ方はかかる偽善的行為を止めて所主の愛により身魂相応の研究を自由にされむことを希望する
決して聴聞や購読を強ひるものではない

これも身魂相応の理によるものだから如何ともすることは出来ない
しかしながら悲しみの極は喜びであり喜びの極は悲しみであることは自然界学者もよく称ふるところである
しかして悲しみは天国を閉じ歓びは天国を開くものである

人が他愛もなく笑ふ時は決して悲しみの時でない
面白をかしく歓喜に充ちた時である

大神は歓喜をもつて生命となし愛のうちに存在したまふものである
赤子が泣いた時はその母親があわてて乳を呑ませその子の笑顔を見て喜ぶのはすなはち愛である
吾が子を泣かせまたは悲しましめて快しと思ふ親はない

大神の心はすべて一瞬の間も人(霊止)を歓喜にみたしすべての事業を楽しんで営ましめむとしたまふものである

鈴木慧星 SUZUKI Satose
Shamanism Consulting.

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