「人(霊止)還りの道」537編


人(霊止)の胸中に高天原(天界)を有する時はその天界は人が行為の至大なるものすなはち全般的なるものに現はれるのみならずその小なるものすなはち個々の行為にも現はるべきものなるを記憶すべきである

ゆゑに道の大原なる神霊経綸の啓示にも大精神の体たるや至大無外・至小無内とある所以である

そもそも人の霊止たる所以は自己に具有する愛そのものにある
自然の主とするところの愛はすなはちその人格なりといふことに基因するものである
何故ならば各人が主とするところの愛はその想念および行為の最も微細なるところにも流れ入つてこれを按配し至るところにおいて自分と相似せるものを誘出するからである

しかして高天原の諸々の天界においては大神に対する愛をもつて第一の愛とするのである
高天原にてはいかなる者も大神のごとく愛せらるるものなきゆゑである
ゆゑに高天原にては大神をもつて一切中の一切としてこれを愛しこれを尊敬するのである

・・・「人(霊止)還りの道」538編へつづく

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