人(霊止)還りの道 – 67編

是に伊邪那岐命
御佩せる十拳剣を抜きて
その御子迦具土神の御頸を斬り給ふ
爾にその御刀のさきにつける血
湯津石村にたばしりつきて
成りませる神の御名は
石拆神
次に根拆神
次に石筒之男神
次に御刀の本につける血も
湯津石村にたばしりつきて成りませる神の御名は
甕速日神
次に樋速日神
次に建御雷之男神
またの御名は建布都神
またの御名は豊布都神
次に御刀の手上にあつまれる血
手俣より漏れ出で成りませる神の御名は闇於加美神
次に闇御津羽神

是に伊邪那岐命
御佩せる十拳剣を抜きて
その御子迦具土神の御頸を斬り給ふ

地球の国魂である伊邪那美命は半死半生の状態となり天系霊系に属する伊邪那岐命は純愛の御精神からこの地球の惨状である迦具土神すなわち火の文明が進んだことを見るに忍ばずして十拳剣をもって迦具土神の頸を斬り給いました
十拳剣を抜くとは戦争をもって物質文明の悪潮流を一掃させる意でいわゆる首を切り玉ふたことです
この首とはすべての首領を示し軍国主義の親玉の異図を破壊せしむために大戦争をもって戦争の惨害を悟らしむる神策です

爾にその御刀のさきにつける血
湯津石村にたばしりつきて
成りませる神の御名は
石拆神
次に根拆神
次に石筒之男神

十拳剣すなわち神界よりの懲戒的戦争なる神剣の発動をもって自然に軍国主義を倒し失脚させそのとばしりが湯津石村にたばしりつきました
湯津石村(ユツイハムラ)につくとは
「ユ」とは夜がつづまったものであり「ツ」は続くのつづまったもので「ユツ」とは夜続くと云う意です
彼方此方から草の片葉が言問いをして種々の暗い思想が勃発して各自に勝手な主義なり意見なりを吐き散らし過激主義・共産主義・自然主義・社会主義・専制主義などと色々なことを云う意です
「イハ」とは堅い動かぬ位であり尊貴の意です
「ムラ」とは群がる即ち下の方の人間の群の意です
たばしりつくとは鳴り続いて上にも下にも種々雑多の思想や主義が喧伝されてる意です

次に御刀の本につける血も
湯津石村にたばしりつきて成りませる神の御名は
甕速日神
次に樋速日神

たばしりつきて成りませる神とは生れ出ることだけでなく鳴り鳴りて喧しいと云う意でありその神の御名を甕速日神(ミカハヤビノカミ)と云います
甕速日神の「ミ」とは体であり「カ」は輝くであり体主霊従の神の意であり樋速日神は霊主体従の神であり両者より種々なる思想の戦いが起こると云う意です
即ち主義の戦いです

次に建御雷之男神

建御雷之男神とは直接行動の意です
霊主体従国は言向平和神国であり直接行動は滅多になく体主霊従国では皆々します
即ち皇帝を退位せしまたりすべて乱暴をしたり焼討したり暴動を起こしたり罷業・怠業ようなことです
建御雷之男神とは天神の御使であすがここでは争乱の意です

またの御名は建布都神
またの御名は豊布都神

善と悪の方面を指し凡て善悪美醜は相交わると云う意です
よき時は苦しみが芽出し苦しみの時には楽しみが芽出しているような意です
世の中が混乱すればするほど一方にこれを立直さむとする善の身魂が湧いてくると云う意です

次に御刀の手上にあつまれる血
手俣より漏れ出で成りませる神の御名は闇於加美神
次に闇御津羽神

十拳剣を握っておられる鍔元に集まる血とは各自に過激な思想を抱いていると云う意で血を湧かすことです
即ち手の俣から漏れ出すことです
手の俣から漏れ出すことは厳重な警戒を破って顕れると云う意です
闇於加美神(クラオカミノカミ)とは世界中の上の方にも非常な過激な思想が顕れると云う意です
闇御津羽神(クラミツハノカミ)の「ミツ」とは水であり下の方すなわち民のことであり民が無茶苦茶な悪思想になって世の中がますます闇雲になると云う意です

十拳剣とは
歴史を振り返りいくつか例を上げると独逸のカイゼルの失脚や露国のザーが亡んだことや支那の皇帝が墜ちたのもすべて天の大神が十拳剣をもって斬られたものです
かくのごとき神は無形の神剣をもって斬られると云うことです
それにより人間が戦うことになります

殺された迦具土神を現代に例えると爆弾や大砲や火器ばかりで戦うことです
弓とか矢で戦うことではありません

軍艦を動かすのも火の力です
大神によって火の神である迦具土神が殺されたと云うことは惨虐なる戦争が止んだと云うことです

鈴木慧星 SUZUKI Satose
Shamanism Consulting.

略歴経歴

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