「人(霊止)還りの道」482編


先生
自分の苦痛を薬によつて治そうなどといふ想念が起りますと
神様のお道に対しいはゆる冷淡になりやしませぬか
それよりも
天国は愛の熱によつて充たされてゐるのですから
大神直接の内流たる
愛の熱をいただくように願つたらどうでせう
私は最早
霊丹の必要もないやうに思ひますが

さうだな
一か八かの時に用ふる霊薬だから
さう濫用するのは勿体ない
それよりも尊い神様の愛の熱をいただくことにいたしませう
あゝ
惟神霊幸倍坐世

先生
どうです
もうお疲れは直りましたか

ハイ
御神徳によつて
甦つたやうです

それ御覧
惟神霊幸倍坐世と今おつしやつたでせう
その御神文の方が
霊充よりも
霊丹よりも効能が顕著でせう

ハイ
有難うございました

大神はかくのごとくにして第三者の口をかり第二者に諸々の真理を悟させ給うたのである
すべて人を救ふる身は自尊心や自負心が強いものであるから直接その人間に対して教説らしきことをいへばその人間は「ヘン そのくらゐの事はお前に聞かなくとも俺は知つてゐる 馬鹿馬鹿しい」とテンデ耳に入れぬものである

ゆゑに第二者に直接教説すべきところを第三者たる傍人に問答を発しその第三者の口より談話的に話さしめてこれを第二者の耳に知覚に流入せしむる方がよほど効験のあるものである
ゆゑに高天原においても時々第一者と第三者が問答をなし是非聞かしてやらねばならぬ第二者に対して間接に教示を垂れたまふことが往々あるのである

先生
大変な立派な日輪様がお上がりになりましたな
吾々の日々拝する日輪様とは
非常にお姿も大きく光も強いぢやありませぬか

さうだなア
吾々の現界で見る日輪様は
人間の邪氣がこつて中空にさまようてゐるから
そのために御光が薄らいでゐるのだらう
天国へ来ると
清浄無垢だから
日輪様も立派に拝めるのだらうよ

それでも吾々の拝む日輪様とは
何だか様子が違ふぢやありませぬか
もし
どうでせう

天国においては
大神様が日輪様となつて現はれ給ひます
地上の現界において見る太陽は
いはゆる自然界の太陽であつて
天国の太陽に比ぶれば非常に暗いものですよ
自然界の太陽より来たるものは
すべて自愛と世間愛に充ち
天国の太陽より来たる光は愛善の光ですから
雲泥の相違がありますよ
また霊国においては
大神様は月様とお現はれになります
大神様に変はりはなけれども
天人どもの愛と信と証覚のいかんによつて
あるひは太陽と現はれ給ひ
あるひは月と現はれ給ふのです

やはり天国においても日輪様は東からお上がりになるのですな

地上の世界においては
日輪様が上りきられた最も高いところを南といひ
正にこれに反して
地下にあるところを北となし
日輪様が昼夜の平分線に上るところを東となし
その没するところを西となす事は
あなたがたの御存じの通りです
かくのごとく現界においては
一切の方位を南から定めますけれども
高天原においては
大神様が日輪様と現はれ給ふところを東となし
これに対するを西となり
それから高天原の右の方を南となり
左の方を北となすのです
さうして高天原の天人は何れのところにその顔と体躯とを転向するとも
みな日月に向かつてゐるのです
その日月に向かうたところを東といふのです
ゆゑに高天原の方位はみな東より定まります
何ゆゑなれば
一切のものの生命の源泉は
日輪様たる大神様より来たる故である
ゆゑに高天原にては厳の御魂・瑞の御魂をお東様と呼んでゐます

尊き厳の御魂・瑞の御魂の大神様
愚昧なる吾を教導せむがために
両人の口を通し
間接内流をもつて吾にお示し下さいましたその御高恩を
有難く感謝いたします
あゝ
惟神霊幸倍坐世
惟神霊幸倍坐世

・・・「人(霊止)還りの道」483編へつづく

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