「人(霊止)還りの道」478編


高天原の天人は日を定めて荘厳なる祭典の式を行ひその生涯に対して福利を得むことを祈るのである
そして祭典の式が済むと八尋殿において直会の宴が開かれる

大抵この祭典は午前中に行はるるものである
しかし高天原においては時間・空間などといふものはなくしたがつて午前・午後・昼夜などの区別はない
しかしながら情動の変異によつて朝たり夕べたるの感覚が起るものである

しかして朝は太陽の愛に相応し天国の愛善に和合するものである
また夕べは月の信に相応し霊国の信真に和合するものである
ゆゑに天国の天人の祭典は午前中に行はれ霊国のすなはち月の国から出張し来たる神司は午後にいたつて説教を始むるのが例となつてゐる

現代における各宗教の儀式も祭事に関することはすべて午前に行ひ説教などは午後に行はるるのは知らず知らずに高天原の情態が地上に映つてゐるのである

高天原の天人は祭典後に直会の宴にては思ひ思ひの歌を歌ひ舞を舞ひ音楽を奏し祭典後一切を忘れて面白をかしく茶番狂言なども交へて時の移るのも知らず遊び狂ふのである
直会の宴が無事終了し各天人の情動ははじめて午後に相応する感覚になつた時に霊国から出張し来たる神司がどこともなく嚠喨たる音楽に送られて四辺を輝かしながら二人の侍者と共に進んでくる
すると諸天人はこの神司を「ウオーウオー」と愛の声を注ぎながら迎へ入れる
霊国の神司は莞爾としてさも嬉しげに諸天人に目礼を施し半円形に組立てられた演壇上に悠々と座を占めしかしてその左右には証覚の光明やや劣つた者が控へてゐる
これは霊国の神司の侍者である
高天原の諸天人は半月形に演壇の前に席を取り霊国の神司の視線を外さないやうにしてその教示を嬉し氣に聴聞してゐる

霊国の神司の高天原における説教は大神の御神格を徹底的に理解すべくかつ愛善と信真の何たるかをきはめて微細に説きさとし高天原の天人が処世上の利便を計らしむるべく努むるより外にはないのである

・・・「人(霊止)還りの道」479編へつづく

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