「人(霊止)還りの道」477編


高天原において祭典を行ふのは天国の各団体の重要なる務めの一つとなつてゐる

天国の天人は愛の善にをるがゆゑに大神を愛しかつ同僚を愛し天地惟神の法則に従つて宇宙の創造主たる大神を厳粛に斎り種々の珍しき供物を献じしかして後に大神の愛に浴するをもつて唯一の歓喜となし唯一の神業としてゐるのである

しかし天国の天人は決してエンゼルになつたりあるひは神司にはならないのである
エンゼルや神司になる天人はすべて霊国の天人の任務である
何とならば霊国は信の真に充ちた者多く天国は愛の善にみちたる者多き国土なるがゆゑである

天国の各団体の祭典がすむと霊国よりエンゼルまたは神司出張し来たつて愛善を説き信真を諭し円満なる天人の智慧と証覚をしてますます円満ならしめむと務めるのである
また天国の天人はその説教を聞いて自分の人格を円満ならしめ処世上の福利を計らむとするものである
そして天国の団体は大なるものに至つては十万も集まつてをり少ないのは五六十の団体もある
これは愛と信より来たる想念の情動いかんによつて相似相応の理により団体を形成するからである

高天原において祭典を行ふ天国の団体の天人は赤子にいたるまで祭典に集まりえも言はれぬ歓喜に充ちた面貌を現はして控へてゐる
天国の各団体の天人は智慧証覚の如何によりて幾分かの差等はあれどもたいていは相似の面貌をしてゐる
天国の祭典は現界の形式的祭典に比ぶれば実に荘厳といはうか優美といはうか華麗といはうかたとへ方のない情態である

天国の各団体にて最も証覚の秀れたる者が祓戸や神饌係や祭典に関するいろいろの役目をつとめのである
すべて天国は清潔主義・統一主義・進取主義・楽観主義であるから何ともいへぬ良い氣分に充たされてゐる
天国の天人はこの祭典によつて神人和合の極度に達し歓喜悦楽に酔ふのである

しかして天国の祭典は大神に報恩謝徳の道を尽すはいふもさらなれどまた一方にはその団体の円満を祈り天人各自の歓喜を味はひ悦楽に酔ふためである
ゆゑに現界の祭典のごとく四角張らず小笠原流式もなく実に円滑に自由自在に愛善より来たる想念のままに情動するのであるから何ともいへぬ完全な祭典が行はれる

法なくして法あり
式なくして式あり

たうてい現界にて夢想だもなし能はざる光景である

しかして祝詞はやはり現界のごとく天津祝詞や神言を奏上して神慮を慰めかつ天人各自の心を喜ばせ一切の罪汚れ過失を払拭する神業である
天国においても時にあるひは少々の憂ひにみたされ悲しみや驚きに遭遇することは絶無とはいへない
ゆゑに天人は日を定めて荘厳なる祭典を行ひその生涯に対して福利を得むことを祈るのである

・・・「人(霊止)還りの道」478編へつづく

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