「人(霊止)還りの道」424編


産土山の高原の伊祖の神館において神素盞嗚尊が三五の御教を開きたまひあまたの神司を四方に派遣したまふ御神業は現界ばかりではありません
霊界すはなち神界(天国)・中有界(精霊界)・幽界(根底の国/地獄)まで救ひの道を布衍しまたひました

ウラル教やバラモン教あるひはウラナイ教などはたいてい現界(顕界)に関した事実のみの外分的の教を主として地上を開きました
しかし神素盞嗚尊の開きたまひた三五の御教とは内分的の教を主とし地上を開きたまひましたゆゑに顕幽神の三界を超越した教です

主の神(主神/スシン)たる神素盞嗚大神は愛善の徳をもつて天界地上を統一したまひました
また天界地上を一個人としてすなはち単元としても之を統御したまひました

これはたとへば人体はその全分にあつてもその個体にあつても千態万様の事物より成れるごとく天地もまた同様です
人間の身体を全分の方面より見れば肢節あり機関あり臓腑あり個体の方面より見れば繊維あり神経あり血管ありかくして肢体の中にも肢体あり部分の中にも部分あれども個人の活動する時は単元として活動するごとく主の神たる神素盞嗚大神は天地を一個人のごとくにして統御したまふのです

ゆゑにあまたの神司もまた主の神一個・神格の個体すなはち一部分として神経なり繊維なり血管なりの活動をなしつつあります
また天人や神司のかく部分的活動もみな主の神の一体となりて神業に奉仕するのはあたかも一個の人体中にかくのごとき数多の異様あれども一物としてその用を遂ぐるにあたり全般の福祉を計らむとせざるはなきに由るごときものです

すなはち全局は部分のために部分は全局のために何事か用を遂げずといふことはありません
けだし全局は部分より成り部分は全局を作るがゆゑに相互に給養し相互に揖譲することを忘れません
しかしてその相互合するや部分と全局とに論なくいづれの方面から見ても統一的全体の形式を保持しかつその福祉を進めむとせないものはありません
これをもつて一体となりて活動し得るのです
ゆゑに主の神の天地両界における統合もまたこれに類似したまひます

・・・「人(霊止)還りの道」425編へつづく

関連記事一覧

無料メルマガ

お名前

メールアドレス


(ドメイン satose.jp 受信設定)

ブログポリシー

鈴木慧星 BLOG の知的財産権および財産・プライバシー・肖像権等その他の権利を侵害する行為等を一切禁止します

鈴木慧星 BLOG へのソーシャルメディアに関するポリシーおよびルールとマナーに違反する行為等を一切禁止します