「人(霊止)還りの道」408編


アゝアゝ
エライ労働をやつたものだ
よほど報酬を請求しなくちや
バランスが取れない
御苦労さまだつたくらゐな報酬では
根つから有難くないからな
夜業までさされて
幾分かの割増をもらつたて
やりきれないワ

オイ
労働は神聖だ
おれだつて労働は貴様と同様にやつたのだ
労働の量に相当しただけの報酬を
権利として要求するのは道徳的には根拠のないものだよ
労働の報酬のみを以て当然の権利とみるならば
それこそ社会に弊害百出して世を混乱に導くより仕方がない
老者・病者・小児などは労働をせないからパンを与へない
といつたらどうするのだ
労働させてもらふのもヤツパリ神様のおかげだよ
現代やかましく持ち上がつてきた労働問題は
人類の集団もしくは階級間の問題でなくして
神様と人間との問題だ
われわれ神司または信徒たるものは
如何なる場合にも
永遠の真理の上に立ち
時代を超越してゐなければならない
神聖な神の道でありながら
労働問題を云々するやうなことは
チツと謹まねばなるまいぞ

それだとて
労働は天の恵を開拓するのだ
神司だつて信徒だつてヤツパリ労働者でもあり
また報酬を要求する権利がなくてはヤリきれないぢやないか

神司・信徒の
神より賜はる報酬といふものは
信と愛と
正しき理解との歓喜の報酬を
即時に神から賜はつてゐるぢやないか
たとへ世の中の物貨生産の労働に従事し
相当の報酬を得るのを
今の人間は自分が儲けるのだといつてゐるが
決して儲けるなンて思つたら大変な間違ひだ
人間といふものは
自分から生きるこたア出来ない
許されて生きてゐるのだ
それだから
人はパンのみでて生くるものに非ず
と神がおつしやるのだよ
パン問題のみで
人間の生活の解決がつくのならば
世の中は殺風景な荒野のやうなものだ

アゝ吾々は
つまりいへば筋肉労働者だ
ヂツとしてゐて
口の先やペンを使つてゐるやうな屋内労働者とは
苦痛の点において天地霄壤の差があるのだからなア

そりや実に浅見だ
筋肉労働者は
人体自然の道理に従つて活動するのだから
たとへ汗を搾つても愉快なものだ
苦しいといつても宵の口だよ
ペンを持つて著述したり
椅子に掛つて調査などをやつたりしてゐる者の労働の苦しみといつたら
筋肉労働者の夢想だも及ばざるところだ
すべて人間といふものは
人のやつてゐることが善く見えるものでなア
誰だつてその局に当つてみよ
ずゐぶん苦しいものだよ
上になるほど責任も重く
単純な筋肉労働者の比でなない
わしも一度は青表紙と首つぴきをして
沢山の参考書をあさり
著述に従事したこともある
また土工にもなり
百姓にもなり
車力にもなつたが
ヤツパリ筆を持つ御用が一番楽さうに見えて一番苦しかつたよ
他人さまの後を追つかけ
息切れするやうな苦しい目に会つたといつても
体を休め酒の一杯も飲めば
それで済んでしまふものだ
著述家なンかになつてみよ
一分間だつて心のゆるむ隙はない
夢にだつて忘れることが出来ないほど
心身を疲労させるのだ

マアそんな小むづかしい話は打ち切りにして
今日はお神酒を頂き
また明朝の新しいお日様を拝むことにしようぢやないか

・・・「人(霊止)還りの道」409編へつづく

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