「人(霊止)還りの道」376編


霊界には神界・中界・幽界の三大境域なる情態があります

神界とは
神道家の唱ふる高天原(タカアマハラ)であり仏者の謂ふ極楽浄土でありキリストの曰ふ天国です

中界とは
神道家の唱ふる天の八衢(アメノヤチマタ)であり仏者の謂ふ六道の辻でありキリストの曰ふ精霊界です

幽界とは
神道家の唱ふる根の国・底の国であり仏者の謂ふ八万地獄でありキリストの曰ふ地獄です

人(霊止)や人間(ジンカン)のその死後において神界や幽界へ行くに先だつて何人も経過すべき状態が中界における仏者の謂ふところの三途(サント)です

三途の第一の状態とは外分の状態です
三途の第二の状態とは内分の状態です
三途の第三の状態とは準備の状態です

三途の状態を経過する境域は中界です
然るにこの順序を待たずに直ちに神界に上りまた直ちに幽界に落つるものは前編に述べた通りです

直ちに神界に上りまたは導かれるものとはその人が現界に在る時に神を知り神を信じ善道を履み行ひその霊魂は神に復活して神界へ上る準備が早くも出来てゐる人(霊止)です

直ちに幽界に落つて無限の永苦を受くるものとはその人間が現界に在る時に善を表に標榜して内心悪を包蔵するものすなはち兇悪を装ひ人を欺くために善を利用した偽善者や不信仰にして神の存在を認めなかつた人間(ジンカン)です

その死後において神界に安住せむとして霊的生涯を送るといふことは非常に難事と信ずるものが居り世を捨てその身肉に属せるいはゆる情慾なるものを一切脱離せなくてはならないと信ずる人間(ジンカン)も居ります
かくの如き考への人間とは主として富貴より成れる世間的事物を斥け神・仏・救ひ・永遠の生命といふ事に関して絶えず敬虔な想念を凝らし祈願を励み教典を読誦して功徳を積み世を捨て肉を離れて霊に住めるものと信じて居ります

然るに神界とはかくの如くにして上り得るものではありません
世を捨て霊に住み肉に離れやうと努むるものはかへつて一層悲哀の生涯を修得し神界の歓楽を摂受することは到底出来ません
それは人は各自の生涯がその死後にもなほ留存ずるものなるが故だからです

神界に上りて歓楽の生涯を永遠に受けむと思はば現世において世間的の業務を執りその職掌を尽し道徳的民文的生涯を送りかくして後はじめて霊的生涯を受けねばなりません
そしてこれを外しては霊的生涯を為しその心霊をして神界に上るの準備を完うし得べき途はありません
内的生涯を清く送ると同時に外的生涯を営まないものは砂上の楼閣の如きものでありあるひは次第に陥落しあるひは壁落ち床破れ崩壊し傾覆する如きです

・・・「人(霊止)還りの道」377編へつづく

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