「人(霊止)還りの道」352編


<大祓祝詞|解-6>

如此所聞食ては
罪といふ罪は不在と
科戸の風の
天の八重雲を
吹放つ事の如く
朝の御霧
夕の御霧を
朝風夕風の吹掃ふ事の如く
大津辺に居大船を
舳解放ち
艫解放ちて
大海原に押放つ事の如く
彼方の繁木が本を
焼鎌の敏鎌以て
打掃ふ事の如く
遺る罪は不在と
祓賜ひ清め玉ふ事を

<大意>
八百万の天津神と国津神との御活動開始となると罪といふ罪・穢といふ穢は一つも残らず根本から一掃されてしまふ
大は宇宙の修祓・国土の修祓から小は一身一家の修祓に至るまで神力の御発動がなければたうてい出来るものではない
ことに現代のごとく堕落しきつた世の中がどうしても姑息的人為的の処分ぐらゐで埒がつくものでない
清潔法執行の声は高くてもますます疾病は流行蔓延し社会改良の工夫は種々に凝らされても動揺不穏の空氣はいよいよ瀰漫するではないか
艮之金神なる国常立尊が御出動に相成り世の立替立直しを断行さるるのも誠に万やむを得ざる事である
されば大祓祝詞は無論いづれの時代を通じても必要で神人一致して罪と穢の累積を祓清むるやうに努力せねばならぬのだがことに現代においてはそれが痛切に必要である
自己の身体からも家庭からも国土からも更に進んで全地球・全宇宙から一時も迅速に邪氣妖氣を掃蕩してうれしうれしの神代にせねば神に対して実に相済まぬ儀である
大修祓に際して神の御活動は大別して四方面に分かれる
いはゆる祓戸四柱の神々のお働きである
祓戸の神といふ修祓専門の神様が別に存在するのではない
正神界の神々が修祓を行ふ時にはこの四方面に分かれて御活動あることを指すのである

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罪といふ罪は不在(アラジ)
罪といふ限りの罪は一つも残さずの意です

科戸の風(シナドノカゼ)
古事記の枕詞で志那都比古です
「シ」暴風のアラシの同じく風の意です
「ナ」ノに同じくの意です
「ト」処の意です
遺る罪は不在と祓賜ひ清め玉ふ事を科戸の風と云ふ麗しき文字で比喩的に描いた表現です

御霧(ミキリ)
深き霧の意です

朝風夕風(アサカゼユフカゼ)
朝風は朝(アシタ)の御霧にかかり夕風は夕(ユウベ)の御霧にかかる表現です

大津辺に居大船(オホツベニヲルオホフネ)
琵琶湖沿岸の地名です

地球において肉体を具備されたる神の御出生ありしは琵琶湖の竹生島からは多紀理毘売命・市寸島比売命・狭依毘売命の三姫神そして蒲生からは天之菩卑能命・天津彦根命・天之忍穂耳命・活津日子根命・熊野久須毘命の五彦神が御出生にならこれが世界における人類の始祖です
琵琶湖とは神代史との密接の関係があるがゆゑに沿岸附近の地名が大祓祝詞の中に数箇所出てゐます

舳解放ち(ヘトキハナチ)
艫解放ち(トモトキハナチ)
船が泊まりゐる時に舳艪(ジクロ)を繋いでおきますがそれを解き放つ事の意です

大海原(オホウナバラ)
海洋の意です

繁木が本(シエキガモト)
繁茂せる木の下の意です

焼鎌の敏鎌(ヤキカマノトカマ)
焼鎌とは鎌で焼きて造る意であり敏鎌とは利き鎌の意です

遺る罪は不在(ノコルツミハアラジ)
罪といふ罪は不在と更に重ねてかく述べ徹底的に大修祓を行ふことを力強くいひなした表現です

・・・「人(霊止)還りの道」353編へつづく

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