「人(霊止)還りの道」346編


大祓祝詞(オホハラヒノリト)とは中臣の祓(ナカトミノハラヒ)とも称へ毎年六月と十二月の晦日をもつて大祓執行に際し中臣が奏上する祭文であり延喜式に載録されてます

大祓祝詞の解説は世の中に無数に出てゐます
しかし全部文章辞義の解釈のみに拘泥し大祓祝詞の中に籠れる深奥の真意義にはほとんど一端にさへ触れてゐません
その中でも特にはなはだしきは大祓祝詞の本文の中から「己が母犯せる罪 己が子犯せる罪 母と子と犯せる罪 子と母と犯せる罪 畜犯せる罪」の件を削除するなどの愚劣を演じてゐるものもあります
これらはすべて解釈者の浅薄卑近なる頭脳を標準としての軽挙妄動であり神界でも笑つて黙許に附せられてゐるのであり実に言語道断の所為と云わねばなりません

大祓祝詞の真意義とは古事記と同様に言霊学の鍵で開かねば開き得られません
それは古事記が一の幼稚なる神話や男女の情動の物語りなどとしか見えぬと同様に大祓祝詞も下らぬ罪悪の列挙や形容詞沢山の長文句くらゐにしか見えなくなるからです
しかし言霊学の活用をもつて大祓祝詞や古事記の秘奥を開いて見ると偉大深遠なる只々驚嘆の外にはありません
それにより神国日本の国体の精華が発揮せらるるは勿論のこと天地の経綸・宇宙の神秘は精しきが上にも精しく説かれ明らかなる上にも明らかに教へられてゐます

皇道の真髄とは大祓祝詞一篇の裡に結晶してゐて長短粗密の差異こそあれ古事記の内容も全然符節を合するものです

言霊の活用がほとんど無尽蔵であるがごとく大祓祝詞の解釈法も無尽蔵に近くその主要なる解釈法だけでも十二通りあります
そして時運はますます進展し人(霊止)としての資格の有無を問はるべき大審判の日は目前に迫つてゐます
心ある諸氏は大祓祝詞の真の理解と覚醒の途に就かれることを切に望みます

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声音とは心の柄・心の運用機関です
天神の一霊四魂の活用が複雑に赴けば赴くだけ声音の数も複雑に赴き停止するところはありません
その中にありて宇宙間に発生した清音のみを拾ひ集むれば父母音含め四十五音となり濁音・半濁音を合すれば七十五音となります
拗音・促音・鼻音等を合併すれば更に多数に上りますがこれらはすべて七十五音の変形でありあらゆる音声あらゆる言語とはその根本は七十五音の運用と結合との結果に外なりません

宇宙の森羅万象一切は七十五音の無量無辺の音声すなはち言霊の活用の結果でもあります

また同じく人の心の活用のある限りこれ等を表現するための言霊があります
進めと思ふ瞬間にはその言霊はその人の身体の中府からそして湧き退けと思ふ瞬間にも寝ようと思ふ瞬間にもまた行らうと思ふ瞬間にもその他如何なる場合にも常にその言霊はその人の中心から勇出します
すなはち人の一挙一動ことごとく言霊の力で左右されてゐます
従つて言霊の活用の清純で豊富な人ほどその使命や天職も高潔偉大でなければなりません

・・・「人(霊止)還りの道」347編へつづく

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