白髪異様の老人ただ一人コツコツと杖の音をさせながら岩路を登り来たり
私は無住居士といつて
生れた所も知らねば
親も知らず
子もなし
つまり言へば天下の浮浪人だ
このお館にはバラモン教の立派な方々がお集りになり
武術の稽古をなさるといふ事
私もかう年は老つてをれども
武術が大の好物
一つそのお稽古場を拝見したいものでござる
武術の稽古を見せてもらひたいといふのは
ホンのお前達に対する体好き挨拶だ
実のところサガレン王様の御危難と承り
この館にお隠れ遊ばすと聞き
はるばると尋ねて来たのだ
竜雲ごとき悪神に蹂躙され
金城鉄壁ともいふべき牙城を捨てて
女々しくも二人の部下と共に
かやうな所まで生命惜しさに逃げ来たり
岩蜂が何ぞのやうに岩窟の中に身をひそめ
捲土重来の準備となすとは
甚だもつて宇愚千万なやり方ではござらぬか
こちらに準備が整へば
向方にも亦それ相当の準備が出来るなずだ
目的を達せむとすれば
まづ第一に
間髪を容れざる底の早業をもつて
短兵急に攻めよせねば
たうてい勝算の見込みはない
今や竜雲は勝ちに乗じ
心おごり
ほとんど常識を失つてゐる場合だから
この際に事を挙げねば
曠日瀰久
無勢力なる味方を集めゐる内には向方も亦やうやく目が醒め
一層厳重な警備もし
防禦力も蓄へ
まさか違へば雲霞のごとき大軍を以て
一挙に攻め来たるやも計り難い
なにほど要害堅固の絶処なればとて
敵に長年月包囲されようものなら
水道は断たれ
糧食は欠乏し
居ながらにして降服せなくてはなろまい
これくらゐな考へなくして
どうして佞智に長けたる竜雲を討伐することが出来ようぞ
また味方の中にも敵がある世の中
よく氣をつけたがよからうぞや
その間者を看破するだけの眼識がなくては
たうてい駄目だ
この館に出入する人々の目の使ひ方
足の歩き方
体の動かし方などを
トツクとお考へなされ
一目にして正邪が分かるであらう
成功するかせないか
知らしてくれといふのかな
左様な確認のないアヤフヤなことで
どうして大事が遂げられるか
第一お前たちは心の置き所が違つてゐる
サガレン王に忠義のために心身を用ゐるは
実に臣下として感ずる至りである
がしかしながら
サガレン王以上の尊き方のあることは知つてござるか
それが分からねば今度の目的は
氣の毒ながら全然画餅に帰すだらう
否かへつて大災害を招く因となるにきまつてゐる
それよりも今の内に甲をぬぎ
竜雲の膝下に茨の鞭を負ひ
降伏を申し込む方が近道だ
アハゝゝゝ
そなたはバラモン教の神司
兼
王の臣下であらう
三五の教に信従しながら
時の天下に従へと言つたやうな柔弱な考へより
吾が身の栄達を計るため
サガレン王の奉ずるバラモン教に入信つたのであろうがな
どうぢや
この無住の申すことに間違ひがあるか
いづれの道に入るも誠の道に変はりはない
その事は別に咎めもありますまい
さりながら
そこまで真心を尽くして王のために努めむとするならば
至上至尊の真神大神さまのために
なぜ真心を尽くさないのか
神第一といふ教の真諦を忘れたのか
左様な心掛けでは
なにほど千慮万苦をなすともたうてい駄目だ
真神大神のお力にすがり奉りて
サガレン王を助けむとする心にならば
かの竜雲ごとき曲者は
物の数でもあるまい
誠の神力さへ備はらば
竜雲ごときは日向に氷をさらしたごとく
自然の力によりて自滅するのは当然の帰結である
何を苦しんで
数多の同志を集め
殺伐なる武術を練習するか
武はいかに熟練すればとて
一人をもつて一人に対するのみの働きより出来まい
無限絶対の真神大神の力に依り
汝が霊魂の上に真の神力備はらば
一人の霊をもつて一国の霊に対し
または億兆無数の霊に対しも恐るる事はなきはず
また霊力さへ完全に備はらば
汝一人の力をもつて億兆無数の力に対し
また汝一人の体をもつて億兆無数の体に対抗し
よくその目的を貫徹する事を得るであらう
われは天下の神司
五大洲を股にかけて
万民の不朽不滅の魂に永遠無窮の命を与ふる神の使ひの神司だ
僅かにかかる小国を治めかぬる如きサガレン王に対して
われより訪問するとは
天地転倒も甚だしきものだ
サガレン王は
単にこの島国の人間の肉体の短き生命を保護し監督するだけの役目だ
霊魂上の支配権は絶無だ
かかる体主霊従的精神の除れざる内は
いかに神軍を起こすとも
悪魔の竜雲を言向和すことは思ひもよらぬ事である
最早われはこの場に用なし
さらば
あゝ惟神惟神
神が表に現はれて
善と悪とを立別ける
とはいふものの世の中は
顕幽一致・善悪不二
善もなければ悪もない
心一つの持ちやうぞ
サガレン王に仕へたる
王の忠義に至る両人よ
神を力に誠を杖に
朝な夕なに真心を
洗ひ浄めてサガレン王の
君の命は言ふも更
この世の祖と現れませる
皇大神の御前に
天地自然の飾りなき
誠の心を捧げつつ
祈れよ祈れ国のため
天地の間に生ひ立てる
すべての物になり代はり
罪を贖ひ千万の
悩みをわが身に甘受して
神の大道にまつろひし
その真心を現はせよ
神は汝と倶にあり
とは言ふものの汝が心
いかでか神の守らむや
神の守らす身魂には
塵もなければ曇りなし
心の空は日月の
光さやけく照りわたり
平和の風は永遠に吹き
花は匂ひ鳥歌ひ
実りゆたけき神の国を
心の世界に建設し
宇宙の外に身を置いて
森羅万象睥睨し
元の心に帰りなば
汝はもはや神の宮
神の身魂となりぬべし
神の大道をつつしみて
われの姿を村肝の
心を定めてよく悟れ
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