「人(霊止)還りの道」306編


人間といふ者は考へてみれば詰らぬ者ぢやないか
この世へ生まれてきて何一つこれといふ功名も残らず一日一日とウツカリしてる間に墓場へと近寄つてゆくのだ
今はこのやうに頭の頂辺が禿げてきて見すぼらしくなつたが若い時は随分もてたものだよ
つい一二年前のことのやうに思ふてゐるが指折り数へてみれば早二十年も経つてゐる
本当に夢のやうだ

この短いやうな永い月日に何をやつてきたかと思へばこれといふ目星い仕事は一つも残つてゐない
食つては垂れ食つては垂れ寝たり起きたり女が美しいの汚いの若いの年老りぢやのと言つて暮したのも本当に夢の間だつた
顔に皺のよつたのと嬶の髪の毛に艶がなくなつたのと餓鬼が一人殖えたのがこの世へ生まれてきた半生の事業だと思へば本当に悲しくなつてきた
神様のお造り遊ばしたこの寂光浄土に生まれてきながら時々刻々に老いぼれてゆくと思へば人生も本当に果敢なくなつてきたよ

それにしてもお道のためだとか世のためだとかいつて一所懸命に世界を股にかけて苦労をやつてござるがお方が年が老つてから世話にならうといふ子供は一人もなし若い時に沢山に思ふて子供は何時でも男と女とさへ居れば出来るやうに思ひ捨てた子は生きてゐるか死んでゐるか分かりもせずたとへこの世に生きてをつたところで生みの親より育ての親とかいつてあまり大きな顔して子の世話になるわけにもゆくまいし本当に可哀相になつてきた
それを思へば女房や子供があるのだから結構な神様の御恵に預かつてゐるのだよ

さうだなア
それを思へばあまり不足は言へぬワイ
しかしながら人間は老少不定だからかうして不在の間に女房が病氣になつて死んでゐるやら吾が子が死くなつてゐるやら分かつたものぢやない
本当に苦しみの世の中ぢや
家鴨のやうに玉子を生みつ放しにして外の鳥に育てさしたやうなお方でもヤツパリ老の年波でこの世の中が何となく淋しくなつたとみえ捨てた子が恋しうなつたやうだから本当に人生といふものは思へば思へば淋しいものだ

オイもうこんなことはうち切りにしようかい
何だか神様に対して不平を言つてゐるやうに聞こえて恐れ多い
何事も人間の考へでこの世はゆくものぢやない
どうならうとかうならうと神様のなさるままだ

怪しきはこれの天地うべなうべな
神代は殊に怪しきものを

知るといふは誰のしれ者
天地の怪しき御業神ならずして

凡夫の身として天地の神秘を探ることは出来るものではない

神が表に現はれて
善と悪とを立別ける
人の身として天地の
どうして真理が分からうか
この世を造りし神直日
心も広き大直日
みな神様の胸の裡

ただ何事も人の世は
直日に見直せ聞直せ
身の過ちは宣直せ
悲観は転じて忽ちに
楽天主義に早替り

尊き神の懐に
朝な夕なに抱かれて
不足を言つて済むものか
悲観の鬼が巣を組んで
心の空をかきみだし
根底の国へやりかけた
げに恐ろしい世の中だ

いやいや決してさうでない
げに恐ろしい吾が心
心の鬼が身を責める
神も仏も胸の内
鬼も大蛇もわが胸に
潜んでゐるのを知らなンだ

今現はれた神様は
吾らの迷ひを晴らさむと
天教山より現はれて
生命と安息と歓喜を
与へ玉ひしものならむ

神の心に身を任せ
ただ何事も慎んで
神の御ため世のために
力限りのベストをば
尽くして行くより途はない

国常立の神様よ
豊国姫の神様よ
その外百の神々の
あつき恵に抱かれて
この世に生まれ来たりしを
何とも思はず徒に
悲観しましたわが罪を
幾重におわびいたします

・・・「人(霊止)還りの道」307編へつづく

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