「カルマメイト・ソウルメイト」


どんな人にも人生最大のカルマが待ち構えているものです
カルマだらけ人生修養では人生を全うできなくなる人もいますが同時にソウルメイトも存在しているものです

ソウルメイトとは
自分の大いなる理解者
人の喜びを自分の喜びとして分かち合える魂の響きあう理解者
人生行路の素晴らしい助言者

カルマは
何を云っても理解してくれない
云うことが氣にそぐわない
居るだけでその場の空氣が変わりぞっとする
カルマの存在とは会社の上司であったり同僚であったりパートナーであったり親であったりもします

人生修養の目的とは神への道の進化であり深化であり神化でありすべての人は神になるまでのとても永い年月と時間をかけて自己の魂を修養し続けてます
人生修養のために過去生(前世)で遣り残した課題も含まれていてその大きな課題とはカルマとなって自分の目の前に顕われ続けます
カルマとは自分の別の姿や自分の陰(シャドー)である場合が多いです
自分にとって嫌な姿や許(赦)せない存在などがカルマとなって目の前に再現されるものです

例えば威張り散らしている王侯の貴族であった過去生(前世)を持ちその時の下僕の大きな働きやその努力に感謝や祝福をすることもなく周りの人々の欠点ばかりを引き合いに出し無慈悲だった自分が輪廻再生して今生では何をしても母親に当たり散らし勝手放題で忌まわしい父親の姿を見てさらにその父親は何をしてもくどくどと家族に突き刺さり万事休むことがない家庭環境で育ちやがてこの家を出たくて仕方がないと云う状況から就職を境にいち早く親元を離れてアパートで独り暮らしをして独立し学校と家庭との習慣から社会一般の常識も備わり好意に対する感謝は必ず実行する人になろうと決意しますが父親を許(赦)すと云う課題には至っておらずその課題を抜けなければカルマは終わらないものです
その後アパートでの独り暮らしでふと小さい頃に垣間見た父親の影を思い出しその威張り散らす父親の姿とは実は孤独な人であったと云うことに氣が付きよくよく思い出してみると父親は自分から自分の服を買おうなどと云ったこともなく怒鳴り散らしていた父親は実は自分の危険な行為を大声で叱っていた鬼氣の姿であり自分を取り巻く邪氣などに対して怒鳴っていたと云うことの真意として受けとれるものです
カルマの存在理由とは様々でありカルマも進化のための素材でありこの世には不要なものは一切なく全ての出会いや全ての瞬間には神化のための最良の素材が常に準備されているものです
全ての存在や出来事や事柄などはすべて必要なものであり必然です
人生最大の難関であるカルマの存在理由を認めて許(赦)し受け入れることであの世に旅立つときに神霊界の神々が降りてきて大きな拍手で迎えてくれることでしょう

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病とは心のクセや意識の歪である無理な心や耐えられないトラウマや過労などからやってくるものです
しかしこれといった原因もなく直りにくい病とは憑依か過去生(前世)の経験などの記憶に根差す深いこだわりのカルマである場合が多いです
現代医学では最近になってようやく心や霊性の領域にまでWHOの定義を含めました
しかしまだ前世治療の領域にまでは立ち入ってはおりません
医学と云う外科技術や診療知識よりも医師自体の資質や霊性や霊格などが高次の一線を越えているか水準以下かを判断する必要があります
過去生(前世)の自分について現在の自分がさまざまなセルフヒーリングなどをすることは大切なことですが今の自分が十分に意識や心のよどみをクリアランスして浄化した純正自己から行わないと過去生(前世)の自分が逆に穢れてしまうものです
病の50%の原因とは憑依や過去生(前世)の縁が起因します
およそ約40%が今生の意識や心の態様で決定したものでありウイルスや外傷事故などの外因性とは約10%です
今生にいるすべての人は神化までには至らないために自己の魂磨きのために数十・数百・数千の人生を重ねていて過去生(前世)や今生でのさまざまな経験や体験も含めて自己の意識のクリアランスや魂の浄化をするために魂と肉体は今生までに引き続いてます
過去生(前生)での反省が今生ではとても重要になりますが今生ではその記憶を一切忘れているものであり反省の仕様がないと思われますが過去生(前世)からの自己の魂のクセとは今生のマイナスの性癖となって顕れ今生の反省が間接的ではありますが過去生(前世)の反省の業ともなります
しかし分かっていてもなかなか直らない魂のクセであります

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過去生(前世)を想い起こせと云われても普段の私たちにはかなり困難なことです
しかしほんの少しだけ過去生(前世)を思い出す手法があります

<過去生(前世)瞑想法>
瞑想状態で大宇宙に飛び出してただユッタリと空間に委ねます
その空間に漂う自分がやがてある目的地に誘導されてゆくと観想します
その空間に漂い直進する自分をインナーのもう一人の自分がゆっくりと観察します
その観察にゆっくりと時間をかけます
やがて自己の魂がさまざまな自己の過去生(前世)を展開させて見せてくれます
その中の比較的明瞭な自己の過去生(前世)に意識を合わせます

(1)意識を合わせた過去生(前世)の場所に着地して自分の足元を見つめます
→裸足・履物・草履など
(2)その場所の地面や床など質感を見て感じてみます
→枯葉・土・岩・畑・道路などそれらの色と香り
(3)周りの風景を見渡します
→橋・山・空・池・森・城壁などそれらの形・色彩・装飾
(4)自分の姿を一段高いところから見ます
→自分が着ている服や自分の存在など子供・大人・何歳・髪型
(5)自分の側に誰か居るか見渡します
→1人・両親・友人・知人・群集
彼らは笑っている・悲しんでいる・困っている・苦しい・愉快に騒いでいるなど
(6)それは何故だか感じてみます

おおよそこのような瞑想法から目的を持った自己の過去生(前世)の旅立ちに入れます
過去生(前世)の全体像をいきなり掴もうとするとその像は消えかかりますのでゆっくりと着衣や装飾などの視点から入り込んでその視野に入る範囲内で周囲をじっくりと観察することから始めるとよいです
香りや感情は過去生(前世)の記憶を呼び覚まし易くします
懐かしい香りやその時に抱いていた感情からある風景を夢想させます
特に香りの刺激が脳幹を励起させます

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人生には時に大泣きすることもあるものです
出会い・喜び・感動などハタと氣が付いたその思いやりの心・寛容の心に涙するときは過去生(前世)からの大きなカルマの課題の回答でもあります
涙は心の洗浄水でもありカルマの存在やどうにもならない拒絶感とは過去生(前世)からの宿題でもあり課題です
苦しみ・悲しみなどどうにもならない拒絶感などをそれらがどうしてなのかを自己の意識や心を掘り下げ吟味していくその繰り返しから意識や心の中の奥底にある自己保存欲である自我がさらけ出されて来るものです
涙したときもなぜ涙が出てきたのかを吟味してそれを書き留める習慣を付けておくとその体験の積み重ねから叡智の自分である純正自己へとだんだんと近づいていくものです
人はこの世に出るときには全て忘れて出てくるものです
あの世とは決して辛くもなくむしろ楽しい世界でありあの世が楽しいことが分かってしまうと早く戻りたくて仕方がなくなるので全てを忘れて自己が選択したご縁ある両親の元から人はこの三次元世界に出現してます
この世にはカルマの存在もいればソウルメイトの存在もいます
ソウルメイトにめぐり合うには怒り・恨みつらみ・不平不満・文句・愚痴などの拒絶の意識や被害者・加害者の意識・罪悪感と分離・比較した意識から人を見るのをやめて自己の意識のクリアランスと魂の浄化からなる純正自己による感謝と祝福から人を見ることでソウルメイトと出逢えます


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