「比較と分離からの解放」


大宇宙には今此処の中で銀河は回転して光輝きあらゆる生命体がその生を全うしてます
大宇宙のベールはその刹那の瞬間に脱ぎ捨てられて常に今此処に新しい息吹を覗かせ躍動してます
今此処にこそ宇宙はいてくれていてこの今を私たちと一緒になって楽しんでいてくれているものです
過去に拘泥することなく未来を恐れることは何もありません

+++

無から有を生むことは物理学上は不可能ですが私たちは今此処にいて現に生きていてこの有は無からもたらされたのです
自己の存在とは大宇宙の中では無であることのほうが当たり前であり今あること自体が超奇跡であり在り難しでもあります
故に宇宙に自分が在ると云うことは其処に選ばれたる認識を自覚する必要があります
無から有をつくり出すのは創造でありこの大宇宙創造神とは宇宙の存在や秩序や法則と同じであり神は奪うことがなく与えっぱなしでありすべてをつくり全てを与えてくれてます
大宇宙創造神は人を創り万物を創り賜いましたがその目的は存在を楽しみ喜びそれは芸術家が作品を愛でるがごとくかつ創造物自身にも楽しんでもらうためでもありその存在を謳歌してもらいたいがために神心で創られた人もまた神と同目的の無私なる与えるのみの存在が本来の姿です
超奇跡の有そして今此処に生きている私たちは光輝ける今を肯定し積極的に生きねばウソになります
生命と云う結晶体は存分に楽しく快活で一切を受け入れ生命を謳歌するよう神から与えられてます
生きる意味には快癒・喜び・充実でもありあらゆるものをまるごと受け入れまるごと認めることで与える存在である神に向かう進化(神化)の修養でもあります
今此処に沢山の喜び・充実・愛・感動が詰まっていてこれを受け取るも受け取らぬも自由です
物質世界のモノだけに目を奪われずに愛・調和・進化の永遠の今をまるごと受け取ることで今と云う一切を今と云う果実の感動を十二分に受け取り主体である心と云う意識世界が生き生きと光輝いて大宇宙創造神より与えられた存在としての恩返しとなるものです
宇宙は常に新しいベールを剥ぎ開顕し今を連続させてます
常に新しい喜びを享受することです
喜びを享受せずに今を放棄して過去に囚われこだわる精神とはその実体がすでに時間のかなたに消えていてこの手で捕まえようもなく無意味です
また囚われとは悪はもとより善に囚われていても心の自由性を失い今此処を存分に楽しむことが出来ません
過去の許せないと云う囚われは自己の優位性や自尊心と云う自己保存に由来する結果の拘泥でもあり原因の解消にもつながりません
未来の不安や心配は掴めもしない虚構でありいわゆる取り越し苦労であり今の自分をも限定もしくは放棄する無意味なことです
永遠なる今此処を存分に肯定して一切の拘泥なく無理もなく味わい楽しむことが真の心の世界に住む住人となりえます
楽しめない原因とは分離からはじまります
彼と私やお前と俺などの比較や分離と云う物質世界の限られた一面次元だけに拘泥して主人公である意識世界の心が閉じていると云うことです
心の中の充実・喜び・感動などの見えない世界こそ生命の本質であり眼に見える物質の世界が本物と錯覚することから蒙昧の人生を歩むことになります
見える物質そのものが愛・感動・充実ではなく見えない心の世界にこそ愛・感動・充実がある場所です
今をまるごと受け取り今此処を楽しみ一切を受け入れ認め苦しんでいる自分さえも受け入れ認めることから永遠なる今を心の中に存分に受け入れることが出来ます

+++

一つの小宇宙である人なのかには約60兆の細胞と云う惑星が詰まってます
大宇宙は常に進化してその一つである水の惑星地球には約20億年前と変わらぬ酸素があります
人が息をしたりガソリンを燃やしたりしても大氣中の酸素は20億年前と何一つ変わってません
樹木や海藻が息をして酸素を吐き出し太古の昔と同じ約21%の変わらぬ濃度を保ってます
地球は息をしていると云うことです
一つのいのち地球とは細胞と云う人や動植物やバクテリアなどの個性ある鉱物類から成ってます
このかけがえのない一つのいのち地球のなかで人間だけが節度がなく無益な覇権の争いなどがたえず人は自己を認識することができ世の中を興し建設する高度な能力を持ち無限の感謝と祝福と云う自意識を与えられた神の子であるにもかかわらず比較・分離・独占・地位欲などと云う蒙昧な無間地獄を自ら呼び込んでます
人間は心の世界を忘れた肉身だけの物資世界の住人となると奪う・トップになる・これが欲しい・お前はダメなどと云った地球共生意識から退いた分離の亡者になってしまうものです
比較と分離がそもそもの苦悩の発端であり神はその比較と分離に誘発しやすい物質三次元世界をあえてクリヤーすべきハードルとして私たちの前に常に設定してくれてます
比較と分離の物質世界の中でもがき・苦しみ・不安・悲しみ・怒りなどがあってもその原因を探らず心の原図を忘れた肉体は堂々巡りのように毎日戦っているものです
悲しみ・苦しみ・不安・文句・怒りなどは自己の心の内容であり振り返って内面を見つめて何がそうさせているのか本来の自分の心の世界に立ち帰ってみるのが智者です
奥方が「手伝ってよ!」と云ったのを「ふざけるな!」と怒るのも「よし来た!」と積極に意氣投合するのも心の所作であり本人の自由です
自分の心の選択によって今まで苦しんでいたことが180度転変するものです
心がまるごと受け入れる一つになると云うプラスの意識があれば三次元世界の場はより明るくなり比較と分離のマイナス意識であれば場は暗くなるものです
この当たり前の事実が実は極めて大事な第一の心の法則であり宇宙の法則なのです
プラスの心はプラスの現象を誘いマイナスの心はマイナスの現象を誘います
心の分離意識や奪う意識とは宇宙とは全く同調しません
心のひずみを修復させようと芽生えた負の萌芽が悩み・苦しみ・悲しみ・文句・不安であり本来の純正心と同調しない一種の悪寒です
この悪寒は神の子自らがつくり出したものなのでありその原因を自らが取り外して逆にまるごと受け入れ一つに向かう心魂と云う良薬が投与されるまで悪寒はつづきます
これが宇宙の法則であり心の第二の法則です
心の中の分離意識マイナス意識はその心のひずみを修正するように自動的に悩み・悲しみ・苦しみ・文句・不安などの悪寒発熱現象を起こします
心のひずみを放置しておくとやがて肉体は病氣となりこれが心の第三の法則です
夫婦間のつまらない争いごとでも仕事場の争いごとでも争いがあると云うこと自体相手をまるごと受け入れない分離感が既に存在してます
心の中に小さな分離意識があって更に分離が募れば状況は疑惑と文句と孤立へと発展してまた邪推の虚像が恨みとして残ります
まるごと受け入れる一つになると云う心の原点にシフトしないと嫌な相手とは距離をおきたがるものです
比較と分離が募ると自己保存欲が自分を支配します
自分を苦しめている嫌な相手ばかりでなく自分によいことを云わない迎合しない相手全てが敵となるものです
自分自身への厳しさと云うハードルを越えて自己を育てるはずの人生を避けて通ることとなりいつまでたっても魅力ある豊かな人物や人生にはならないものです
他に求める心が強いと不平不満が絶えず避けて通る・逃げる・自分さえなどのこうした性癖は我欲と自己保存と居合われその大元は心に潜む比較と分離です
まるごと受け入れて場と一つになるとその場の全てを味わうことが出来ます
寿司を否定すればどんなに美味しい寿司でも味わえずまるごと受け入れなければ素材は全く味わうことも出来ません
まるごと受け入れれば多様な味わいを人生の全てのチャンスを楽しむことが出来るようになります
心の中に小さな分離のシミがあると何時までたっても本物の味わいもなく新鮮な感動は訪れて来ません
些細なことでむっと口をつぐんでしまうことやもうチョット氣配ってくれてもいいのになどとこの得手勝手な甘えが時として出没するものです
自分勝手と云うことはまるごと受け入れない一つになれないなっていないことであり宇宙調和の法則にそぐいません
家族そろって食事に行っても何かの拍子で分離の心が芽生えればおいしい料理も味わえずその場の新しい出会いも受け入れられません
調和に引き戻す心がないとネガティブな破壊の心がさらに持ち上がってきて心の第一の法則であるマイナスの心はマイナスの現象を誘います
一つになることが大宇宙原理であり病も敵にしては絶対に直りようがなくガンで余命3ヶ月と宣告されてその苦悶の中でいつしか毎朝顔を出して光を与えるばっかりの太陽に涙し感動し自己の欲を手放しさらにはガンを愛するまでの心境になってガンから見事に生還した事例もあります
一つになることが病をも越えるのです
自己細胞に感謝しありがとう一つになろうの意識作用をもってセルフヒーリングすることが癒しの一番の極意です

ありがとう
素晴らしい

霊の元ひとつの感謝と祝福の心で生きると云うことは分離のしようがなく常日頃から感謝と祝福の心でいると少々のことがあろうと心根がありがとうと素晴らしいなので怒れないし奪う心境にもなりません
仮に頭をはたかれても怒れないものです
毎日ありがとうと素晴らしいを反復連呼することはとても大切なことです
ありがとうございますの十音の言霊が最も強力な神呪でもありその実践と持続性が重要となります
一つになる一緒になると云うことが放棄されると分離→疑惑→文句→反発→闘争→破壊の魔のサイクルの反宇宙原理となります
それが企業規模だと会社の誹謗中傷や潰し合になったり国家の規模ともなると大統領一人の分離がやがては戦争と破壊と云う深刻な事態をつくります
戦争も小さな発端は人一人の一つになるその心根が外れて分離に犯されることです
幸せになれない症候群とは一つになれないことに根ざし今をまるごと受け入れ味わって一緒になる一つになると云うことが宇宙の基本生命原理が出来ていない状態を云います
一つになる自分の心の置きかた一つで物質世界は様変わりするものです

+++

自分で戦って無理をしているから苦しくなるものであり戦うと云うこと自体が自他の分離であり宇宙法則にスピンアウトして心に大きなひずみがかかるものです
さらに戦っている自分を戦っていないように見せかけると余計苦しくなり戦っている自分はみっともないから自分さえもっと頑張れば相手が悪いのにこれ以上逆らうと血を見るからこらえるや抑えるなどの犠牲心のコテ塗りやその自分を隠すから余計におかしくなるものです
戦っている自分は分離でありこれに輪をかけてその自分さえも隠そうとするから分離の上に分離を重ねて苦しさが増すものです
無理している自分を肉体意識のままもっと頑張らねばでは当然に心のひずみが増しその歪からストレスの塊が湧き出てきてどうにもならなくなるものです
無理している自分に対してもう一人の自分から無理している自分の無理な状態をまるごと認めて悩んでいる自分自身をまるごと見つめ認めることが大切なことです
まるごと受け入れまるごと認めることが神の本質であり肉体自己の無理な想念が神の秩序の中にローリングされて好転へと向うことが出来ます
人の心は常にゆれているものであり奪うばかりだけの悪人はなくおおよその人は善人の部類に入り無理して心揺れている人がかなり多いものです
仕方がない・世のしがらみだ・自分さえ頑張れば・絶対にこの人にはついていけないけどしばらく我慢しよう等々はすべて無理と云う心が残ると追い討ちが来るものです
これだけしたのに・してあげたじゃない・誰も私を手伝おうともしない等の自己保存の心が残ると今度は攻撃の心が頭を持ち上げて来るものです
フォスタープランなどで第三国の恵まれない子供たちに無理をして差し上げる方もいますが動機が見栄であればそもそも比較と分離そのものに違いなく心にしこりを残さない無理をしないと云うことで大切です
万が一物質肉質の世界にひきづられて不愉快になる現象などを見てしまった聞いてしまったときなどに原因である他人やその場面を見るのではなくその他人や場面を見て不愉快波動を受けている自分を認めることが大切です
いやだ・うれしい・憎い・もっと一緒になりたい等と云う千変万化の揺れている自分とその心を認めることです
他人から痛めつけられた自分や他人から喜びを与えられた自分を見つめてその事実を認めることです
苦しんでいる自分や悲しんでいる自分の心に揺れているすべての自分を素直に認めることです
こんなことじゃへこたれない・自分さえ頑張ればいいんだなどの事実の心を否定するから余計苦しくなり苦しみ・頑張りすぎている自分を素直に認めて結構無理しているとまるで他人ごとのように神の眼から自分の姿をまるごと認めることで事実から逃げようとしている陰の自分の本音が見えてきて深いところのネガティブな負の要因が発見できます
そして揺れているその心の様子をまるごと認めると神の宇宙原理に晒され真実から逃げていたその卑小な自分の陰の心に光があたります
簡単に自分の心を放棄できないのが人の常でありますが揺れて葛藤する心を直視して結構ゆれているんだと冷ややかに見つめ認めてみることで人生の生き様は相手方や風景を見つめ話すことが中心ではなくなり今此処に自分が自分を見つめ話している自分自身をまるごと認めることで自分の性癖が次第に見えてくるものです
神の眼で認めているからこそ陰なる自分に本性自己が包み込みもう一人の本性自己とは直霊である魂です
そして肉体自己が純正自己に入れ替わりこれが心の第二の法則であり心が歪むから苦悩と云う悪寒がやって来てその一つの処方箋となるものです
日常生活は顕在意識・潜在意識・無意識の心の想いが反映した主役自己の舞台であり脚本・演出もある程度は自分です
今ある状況はすべて自己の心が創りだした現象でありこれをまるごと認めることによって本物の創作者・純正心と云うプロデューサーがその作品をまるごと認めてプロデューサーの眼は一切肯定であり舞台全体の調和であり進化の眼を持ち運命に好転が作用しはじめます
揺れている主役の自分すらもう一人のプロジューサーの自分がまるごと認めることで否が応でも場が変化するものです
ゆれている状況をその自我意識で否定することは反宇宙原理であり心は好転するはずも無く心の第二の法則どおり揺れる心がさらに増加します
否定の時点で大いなる法則(進化=神化)からさらにスピンアウトすることになり揺れる心の次が奪うに移ると進化の軌道ははるか彼方にズレてしまいます
揺れる心を見つめ認めると云うことは自己の総合完成のための高度な修練でもあり世情を見つめることに加えてそれを見つめ揺らいでいる自己さえも含めて二重に見つめ認めるこの心の操作がある意味では虚像と実像を同時に捉える達観域に通じ肉体我の心を癒す最大の自己修練につながります
些細なことでもわずかに怒りが込み上げて来たら心の負の存在を認めてまるで第三者が魔を抱えているように語り部になってしまうことで魔はスーと消えてしまうものです
怒っている自分や悲しんでいる自分を素直に認めることであり相手の憎い顔を思いうかべるのではなくそれに揺れているの自分の姿をまるごと認めると云うことです
原因に揺れている結果体の自分をまるごと認めて認めた瞬間にスーッと消えるものです
私たちは毎日が怒ったり笑ったりする喜怒哀楽に絶えず怒ると云う作用は大体は奪う心から来ています
怒りが来たら今私は怒っているんだと素直にその自分を認めることが肝要であり認めた瞬間に純正自己に移り変わり太陽にあたったナメクジみたいに怒りが自己消滅してしまうものです
まるごと認めると云うことは宇宙の全ての存在をまるごと認めると云う神の眼であり魔と云う歪みはその見つめられた瞬間に昇華されてしまいます

+++

神は他から何かを奪い取ってきたその材料で創ると云うことはしません
奪う神はなく無から有を創造するのですから最初から奪う必要がないのです
人は神の子であり奪うものが何もない神の嫡子であり本質的には何も奪えないことが本性です
独占や奪うと云う想念があると純正心から必ず大きな反動が起こります
宇宙の調和秩序のなかで奪うと云うことは大きな秩序崩壊でありその反動は大きくなります
奪うと云うその歪みの修復が苦悩・恐怖・文句・怒りでありこうした心に強烈にさいなまれることになりしいては肉体にも転移します
分離の極致が収奪と破壊でありその歪みの反動は極大であります
人自らがその原因をつくり奪うと云う歪みを元に戻すには長い間多大な責を負い込み場合によっては死後の世界にまで持って行くことになります
神はすべてが許容で何物も奪わず受け入れ与えるだけの存在であり奪う心に内在する負の悪寒や病から解放されるには180度正反対の全てをまるごと受け入れる心になるまでの長い長い道のりを必要とします
収奪と破壊は宇宙の存在の法則に合致せず存在そのものを否定・消滅させる行為であり存在している自分がその罪をあながない罰する神はいません
善くも悪しくも一切は自らまいた種は自らが刈り取ると云うことになります
神は光を与える太陽と同じように与える一方であり人も与える存在へ常に修養をしている存在であります
天意(愛)とは与えると云うことであり喜怒哀楽の喜と楽も生を全うする心の美の表現であり神から与えられた今を素直にまるごと受け取り同調する心の琴線波動であります
誕生・合格・恋愛しかり与えられた今の美の表現であります
与えるとはカタチで云うと無償の奉仕であり貢献であり尽くしでもあります
奪う愛とはその存在はなく愛ゆえに奪うとはウソであり初めから自我欲です
与えることは心が競って無理をして与えることではなく自然体からでもなく与えていると云うことすらも記憶にとどまらないことです
無理をすると云うことが存外世事には多く人生にて与える行為とはモノもよいですが本質は愛であり愛とは与えるものです
無理をすると心にひずみをつくります
約65億の人類が自分の本質は何かと云うことに氣がづくことから第三文明は始まります
本質は生命(いのち)であり生きていると云う自覚です
人間は肉体に乗る精神生命体でもあり心と云う意識本体はもう一人の自分・魂・純正意識体です
物質世界でワクワクうきうきしているのは心であり愛することも充実や感動や喜びなども心の世界です
喜びは何グラムや感動は何センチと云う質量・長さ・容積・時間などの単位を持ちません
これが霊主心従体属です
人生における一つの勉強知識を単に頭で記憶したり引出したりすることに終わらせずその体験・知識を自然観や人生哲学にまで噛み砕くことが知識(モノ)から智識(心)へと変化します
一つの小さな智識(心)の積み重ねが大きな自然の集合意識(魂)へと融合します
その近道とは一切をまるごと受け入れてまるごと認める生き様です
全ての状況や出逢いも神が与えた最良にして最大の場面であると看破して崇高な意識体は命(ミコト)としてミコトの意識から行動することで今までとはだいぶ違った世界が創り出されるものです
すべての魂はわれ神なりと知っているものでありそれを自覚して楽しく今を肯定し歪んでいる自己すらもまるごと認めてまた衆生に喜びと感動と愛を与え共生(トモ)に生きていくことが新しい地球を創っていくことになります


関連記事一覧


無料メルマガ

お名前

メールアドレス


(ドメイン satose.jp 受信設定)

スポンサーリンク

Amazon

楽天市場

Y!ショッピング

7net

ブログポリシー

鈴木慧星の名称およびブログの全部または一部をリンク・複製・引用・転用・転載・改変・アップロード・掲示・送信・頒布・販売・出版等を一切禁止します

ソーシャル・ネットワーキング・サービスの利用規約ならびにソーシャルメディアに関するポリシーおよびルールとマナーに違反する行為等を一切禁止します