「生野(いくの)」


「生野コリアタウン(いくのコリアタウン)」
大阪市生野区の桃谷にある御幸通商店街(御幸通東商店街・御幸通中央商店会・御幸通商店街の3商店街)とその周辺の通称を云います

公式サイトでも以下の呼称が用いられてます
「大阪コリアタウン」
「猪飼野コリアタウン」
「桃谷コリアタウン」

古くからこの地は渡来人が多数住みついていて旧地名である「猪飼野(いかいの)」の起源となってます
1910年の日韓併合を経て1923年に済州島と大阪をつなぐ直行便「君が代丸」の就航をきっかけに多くの朝鮮人が労働のために日本へ渡航して当時工業地化しつつあった猪飼野周辺に集まりました
これを機に「朝鮮市場」が誕生しました

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「生野(いくの)」
京都府中西部の福知山(ふくちやま)市の一地区であり由良(ゆら)川の支流土師(はぜ)川の中流に位置してます
京都と奥丹波(おくたんば)丹後を結ぶ交通路が古くから通じていたことは小式部内侍(こしきぶのないし)が金葉(きんよう)集に「大江山いく野の道の遠ければ」と詠んだ歌によってもうかがわれ近世には宿も置かれていました
歌枕(うたまくら)としても名高く国道9号線が通ってます

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「生野銀山」とは
現在の兵庫県朝来市生野町にあります
大同元年(806年)に「空海」真言宗が伝わりました
大同2年(807年)に銀が発見され生野銀山が開坑されました
室町年間の天文11年(1542年)には但馬守護職「山名祐豊(すけとよ)」が銀石を掘り出して多くの坑(鉱山)が開かれ開坑の起現と云われてます
永禄10年(1567年)には自然銀を多く含む日本最大の鉱脈(慶寿ひ)が見つかりました

「銀山旧記」
「銀の出ること土砂のごとし」
と記されています

その後「織田信長」「豊臣秀吉」の直轄時代を経て慶長5年(1600年)「徳川家康」は但馬金銀山奉行を配置しました
「佐渡金山」「石見(いわみ)銀山」と並び天領として徳川幕府の財政を支えました

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丹波國天田郡「生野神社」
京都府福知山市の三俣に鎮座し創祀年代は不詳です
生野の社号は生野庄の惣社であったことから名づけられました
御祭神「天鈿女命」

「生野庄」
大江山生野のみちの遠ければまだふみもせず天の橋立で有名な地であり山陰道の宿場のあった場所です
昔は背後の山上に鎮座されていましたが往来の武士に祟りがあると云われ山麓に遷座されてから元禄年間以降は「御幣(みてぐら)大明神」と称されました

「由緒書」
御幣(みてぐら)の名は綾部藩主「九鬼」氏が生野に倉庫を建てて上納米を取立てて当社へ御供米を奉献していたからと記されてます
古社地である裏山には「雄岩」「雌岩」と云う岩があると伝えられ猿田彦神も祀られていたと伝えられてます

「丹波志」
鎮座地の東の集落に雲田と云う地があり御祭神が天降った古跡であるとあり天降る時には紅簾の牛に乗って座って来たと記されてます
生野庄は六部(むとべ)郷の六人部(むとべ)村に属していて六人部村の西にある杉山山上には数基の古墳があると云われてます

「古代朝鮮」
巫女=ムーダンと云い御祭神「天鈿女命」は古代の朝鮮の巫女だったとも云われてます


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