「琉球と古代米」


沖縄(琉球)は昔から日本列島から距離も離れていますが「倭種」だと云われてます

倭種=日本人

沖縄には有名な「港川遺跡」があり古代から人が住んでいましたが琉球王朝ができたのは鎌倉時代の頃です
現在の日本が行っている稲作は沖縄から来たと云うのは最近の研究でも解明されてきました
稲作は朝鮮経由で日本に来たと信じている方が多いようです
約6千年前に中国から南西諸島の沖縄に稲作が渡りそれから日本列島に入ってきたと云うことが最近の研究で解明されてます
南西諸島は鹿児島県と沖縄県にまたがっていますがこのうち鹿児島県側を薩南諸島と云い沖縄県側を琉球諸島と云います
宮古列島・八重山列島・尖閣諸島を総称して先島諸島と云います
かつての琉球王国の領土である奄美群島・沖縄諸島・宮古列島・八重山列島を総称して琉球列島とも云います

中国の古文書には
「伊平屋(沖縄の島)は米を産する最も佳なり」とあります
そして8世紀には既に米を生産していて沖縄の稲作は中国江南→琉球→九州南部の黒潮ルートで伝来されたと記されてます
そしてさらに8世紀頃「琉球王朝」の成立と時を同じく繁栄したクメール王朝と大和王朝から進んだ稲作技術が逆に沖縄に伝播しました
クメール寄りの久米島の稲作は途絶えて廃藩置県後も大和寄りの伊平屋島の稲作文化は残ったと云われてます

沖縄では米を「クミ」と発音し久米島ではかつては米の産地でした
その語源は
「クメール(クメール王朝は9世紀から15世紀まで存在した王国でカンボジアの元となった国)」
だと云われてます

近年の炭素14年代測定法と云う最新の年代測定法の成果では朝鮮半島の稲作より日本の方がかなり古いことが分かってきていて日本の稲作開始は陸稲栽培で6700年程度前までで水稲栽培で3200年程度前まで遡ることが判明されてます

米の伝来は支那南部から日本へ来たものであり伊勢神宮にはこれを裏付けるような伝承があります
「米は斉の御田から天照大御神が持ってきた」
(斉は現在の中国山東省)と云われ現在の学界では日本の米は支那の山東省付近という説がもっとも有力あるとされてます

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沖縄は古代日本と重要な関わり合いを持っていました
沖縄の方言で
東のことを「上がり」と云います
西のことを「下がり」と云います
太陽が上がるから「上がり」と云い太陽が沈むから「下がり」です

「アリ」→「あいこー」
「犬」→「イン」
「馬」→「ンマ」
「蚊」→「ガジャン」
「かえる」→「アタビチ」
「かたつむり」→「チンナン」
「赤」→「あかー」
「黒」→「くるー」
「白」→「しるー」
「青・水色」→「みじいる」
「黄色」→「ちいる」
「赤花」→「あかばなー」
「黒砂糖」→「くるざーたー」

琉球武道の中で「カラテ」が有名ですが「剣術」もあり薩摩の「示現流(じげんりゅう)」が多いです
琉球王朝の貴族は刀を持っていて外観が日本刀と異なりますが中身は本物の日本刀でした


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