「南北大東島←八丈島→小笠原諸島」


北大東島

沖縄県那覇市前島
割烹「喜作」と云う老舗の名店がございます
》案内図→|こちら

那覇市在住中に贔屓にしておりましたお店の一つです
「大東寿司」
「大東寿司の天ぷら」
「大東まつり寿司」
「デゥルワカシー」
「インガンダルマ」
お店に行かれましたら是非一度ご賞味ください

割烹「喜作」で親方の喜友名氏は南大東島のご出身です
「大東寿司」「大東まつり寿司」はこのお店が発祥です
「大東寿司」「大東まつり寿司」は那覇空港でも販売していて今でもすべて親方ご自身が早朝より仕込みをおこない出荷しているとても有名な名品です

先日数年ぶりに割烹「喜作」へ伺い親方と女将さんそして二代目大将と昔話に花が咲きました
大東寿司は親方が八丈島のオバーより伝授されたものだと云うことがこの時はじめて知り大東寿司は小笠原諸島父島にもある島寿司と大変よく似ていてともに八丈島伝来の漬け寿司です

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「南大東島」

島全体の氏神ともいえる「大東神社」が鎮座してます
地元の人は「大神宮」と呼び
大神宮の周りに広がるビロウなどの木々
百年前は島中がこのような原生林に覆われていたことをしのばせる鎮守の森
夜の大東神社ではダイトウコノハズクが鳴きオオコウモリもやってくる
南大東島で一番古くて大きい神社です

この島に入植した人々が住んでいた八丈島とは民間信仰の盛んなところであり住民の信仰心は篤く1900(明治33)年の開拓がはじまって間もなくこの場所に天照大御神を祀りこの山を「大神宮山」と呼んで信仰しはじめました
それが大東神社の始まりです

1920(大正9)年10月に社殿と拝殿を建て翌年5月には伊勢皇大神宮から御神符を受けてを勧請し翌年に大鳥居が建立されました
明治以前から沖縄には神社がありましたがこの大東神社の天照をはじめ摂社末社の火災避けの秋葉神社や航海の安全を祈願する金毘羅宮などが南大東島の神社に祀られているのは本来沖縄には祀られていない神々です
沖縄に無い本土の神が祀られはじめたのは島が八丈島の出身者たちによって開拓されたからだと云われてます
本殿には天照大御神が祀られ境内には「こんぴらさん」で有名な琴比羅宮やさまざまな神の祠も祀られてます
境内には今なおよく知られていない小さな祠が多く祀られております

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「北大東島」

八丈島出身の豪商「玉置半右衛門」がそれまでだれも成功したことがなかった大東諸島開拓事業に乗りだし1900年に南大東島への上陸してそれから3年後に北大東島へ上陸しました
南大東島ではさとうきび作が中心だったのに対し北大東島では燐(りん)鉱石採掘事業が主に行われました
燐鉱石は第一次世界大戦により価格が暴騰して良質な北大東島の燐鉱石は肥料や火薬の元になる原料の他に戦闘機などを作るアルミニウムの原料に適していたことから採掘事業は拡大を続けて最盛期には出稼ぎ者で島の人口が4000人まで膨らんだと云われてます
出稼ぎ者は沖縄本島・伊是名・宮古・八重山諸島そして台湾からも労働者が北大東島へ渡り監視付の厳しい労働環境の中での作業だったと云われてます


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