「古族ササキ氏と近江」


日本書紀の「顕宗天皇」治世元年5月条

狭々城山君韓袋宿裲(ささきやまぎみからふくろのすくね)が雄略天皇による押磐皇子謀殺に荷担した罪で捕らえられたが顕宗天皇は許しを請う韓袋宿裲を殺すに忍びなくこれを死刑とする代わりに身分を落とし陵戸とし全ての官籍と狭々城山君の姓を剥奪の上で山部連の下に置き同族の置目老嫗(おきめのおみな)が押磐皇子の遺骨の所在を知らせた功により置目老嫗の兄である倭袋宿裲に韓袋宿裲から剥奪した狭々城山君の姓を与えたとの記述があります

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「新撰姓氏録」の左京皇別の条に佐々貴山君阿部朝臣同祖と記されてます
「摂津皇別」には佐々貴山君 阿部朝臣同祖 大彦命之後也と記されてます
「日本書紀」によれば大彦命は孝元天皇の第一皇子で四道将軍の一人として北陸方面の鎮圧に活躍したが皇位に就くことはありませんでした

「大彦命」は
(1)阿部臣
(2)膳(カシワデ)臣
(3)阿閉(アヘ)臣
(4)狭狭城山(ササキノヤマ=近江の安土一帯)君
(5)筑紫 (ツクシ)国造
(6)越(コシ)国造
(7)伊賀臣
全部で七つの氏族の始祖でもあります

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近江の韓袋宿裲(子孫)=土着した狭々城氏は奈良時代には蒲生郡・神前郡の大領となり平安時代には蒲生郡大領佐々貴山君気比が外従五位下に昇ってます
近江の土着した狭々城氏は和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)の蒲生郡篠笥郷を本貫とし神名帖(じんみょうちょう・しんめいちょう)にみえる「佐々貴神社」を氏神として祀りました

「佐々貴(沙沙貴)神社」
滋賀県近江八幡市安土町常楽寺1番
主祭神:少彦名命

「沙沙貴神社(ささきじんじゃ)」
滋賀県近江八幡市安土町常楽寺にある神社
少彦名命を主祭神として計四座五柱の神々を祀り「佐佐木大明神」と総称します
佐佐木源氏の氏神であり佐々木姓発祥地に鎮座します

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土着した狭々城氏=古族ササキ氏
近江国の一角に相当な勢力を築いていた云われてます

「尊卑分脈」
宇多天皇から五代目の源成頼が近江蒲生郡佐々木庄の庄司となって佐々木氏を名乗ったと云われてます
孫の経方は佐々木下司と佐々木宮の神主を務めたと記されてます
近江を地盤とする「宇多源氏佐々木氏」がうまれたと云われてます
その一方では神崎・蒲生の二郡に古くから栄えていた土着した狭々城氏=古族ササキ氏の姿は忽然と消えてしまいました
宇多天皇の流れを汲む佐々木氏が土着系のササキ氏を婚姻などによって同化していったという説もあります
尊卑分脈の佐々木氏系図を見ると経方の子「秀定」と行定のところで流れが二つに分かれてます
秀定の子「秀義」系の記述は詳しく記されてます
行定系の記述は簡素となってます
秀義系佐々木氏の嫡流となる佐々木六角氏が居城を築いた繖山は狭々城山とも呼ばれ土着した狭々城氏=古族ササキ氏が崇敬を寄せ本拠ともされました

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源頼朝と縁があり近江八幡の宮司の家系から栗田神社の宮司が出たと云われております
姓は佐々貴(ササキ)です


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