「南太平洋のナーガと古代日本」


「南太平洋」
沖縄・台湾からフィリピン・インドネシアとニューギニアからメラネシアやポリネシア・ミクロネシアの島々を示します
台湾の先住民の言語(オーストロネシア/南島語)の系統であり南太平洋に連綿と広がる一大語族の北端にあたります
日本語の文法は韓国語に近く単語や文字は中国語の影響を受けていますが南島語の伝統を基層にもっていると云われてます
縄文人とポリネシア人が非常に近く日本列島から中国南部・台湾・東南アジア島嶼部にかけて海のモンゴロイドの故郷があったと云われてます

古事記や日本書紀の神話では南方・中国あるいは朝鮮・北アジア系などのさまざまな系統の要素の複合とされていますが古代日本人の基層には南太平洋系統の神話が存在していると云われてます

古代日本の神話の中で南太平洋系統の一例とされるのは「海幸・山幸神話」です
兄「海幸彦(ホデリノミコト)は海を支配し弟「山幸彦(ホヲリノミコト)は山を支配してある日弟は互いに道具を交換しようと頼み兄の釣針を借りて漁に出でました
しかし山幸彦は魚に針を取られてしまい兄は釣針をなくした弟を許さず山幸彦は海岸で海神「塩土の翁(シオツチノオジ)」から得た船に乗って海の彼方の国へ行きその国の入り口で様子を伺っていると人の氣配がしたので山幸彦は木の上に登って隠れやって来た娘が水を汲もうとして泉を覗くと木の上にいる男の顔が水面に映り山幸彦は海神(ワタツミノカミ)の娘「豊玉姫」に出会ったと云われてます
山幸彦は海神の宮で歓迎をうけて海神の配下の鯛の喉に引っかかっていた釣針も返してもらい帰途につき海神は兄を凝らしめる呪術を教えて水を呼ぶ珠を与え一尋鰐(和邇)鮫の背中に乗った山幸彦は一日にして地上にたどり着き兄を呪術と珠の力で起こした洪水で屈服させたと云われてます
このとき海幸彦が示した屈服のポーズが後世の隼人族が朝廷に忠義を示す踊りの中に受け継がれいると云われてます
妊娠した豊玉姫は夫を追って地上に来て出産するときに夫にけっしてその姿を見てはいけないと云い山幸彦はこらえきれず見てしまい豊玉姫は鰐の格好に変わって出産しようとしていて恥じた「豊玉姫」は息子を残して「海神」の宮に帰ってしまい代わって妹「玉依姫」を養育のため地上に送り残された息子はやがて成長して叔母「玉依姫」と結婚して生まれた子供の一人が最初の支配者「神武天皇」となったと云われてます
日本の天皇家には海の覇者たる海人族の血が入っていると云われてます

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「釣針喪失譚」
日本列島を挟むようにして南は東南アジア大陸・インドネシアや南太平洋・北はシベリア東端から北アメリカや南米アマゾン地方と環太平洋的な分布をしています
これはモンゴロイドの分布と重なります

「モンゴロイド」
アジア大陸に起源を持つ人々で日本人のように黒い目と髪・蒙古斑などに特徴づけられます
氷河期の海面低下によって陸続きになったベーリング海を渡りアメリカ・インディアンや中南米のインディオの祖先となりマヤ文明やインカ帝国を築いたのもモンゴロイドであると云われてます

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日本や中国の神話における海神とは古事記「豊玉姫」のように鰐あるいは蛇や龍のような姿をしていると記されてます
そのような動物と人間との結婚は異類婚と呼ばれ東南アジアの王権起源の神話にはこの異類婚が多く人間の男が動物の女と結婚して子をつくりその子が新たな王国をつくると云う神話で伝えられてきてます
東南アジアにはインド文明の影響を受けて「ナーガ」と云う龍神で知られていて東南アジア大陸部の王権始祖神話は大部分がナーガと関係していると云われてます

ベトナムの「大越史記全書」
中国の皇帝と洞庭湖の龍女の子供として貉龍君が生まれそして彼と結婚したのが嫗姫であり二人の間には百個の卵が生まれましたが二人は仲が悪くなり嫗姫は貉龍君は水の性格で自分は火の性格だからと云うことで別れることになりそのとき子供のうち50人が父へ残り50人が母について行き水を代表する父についていった子供の長男「雄王」がベトナムの始祖となったと云われてます

ラオスの「建国神話」
帝釈天(インドラ天)の孫「クンボロム」が天からメコン川に降りてきて川にはあちこちにナーガ(龍)がいて暴れていたが隠者が龍を説得して龍たちはクンボルムを迎えインドから征服してきた王が土着の女王を娶って国を開きこの女王「ナーギ」は雌の龍なのでありカンボジアでは王が毎夜王国の繁栄のためにナーギと交わると伝えられてます

水底湖には水の百獣の王がいると云われていて場所によって異なります
北海道アイヌや東北地方では「サケ」が水界の王である「オオスケ伝承」が伝わっていてインドのチモール島では釣針のささった水界の王者が鰐とされ鰐が人間の皮をかぶって人間のような生活をしていたと伝えられてます

マレー人の間に伝わる歴史書「スジャラ・マラユ」
擬人化された海神が登場しアレキサンダー大王の息子「スラン王」はインドから中国討伐のために海を東に進み王はある時に夢で海中に潜って美女と会う夢を見てそこで彼は職人に大きなガラスの球をつくらせその球に入って海底に降りると美しい女性のいる町があり王は海底の町で楽しい時を過ごし瞬く間に12年が過ぎて三人の息子ができ王はしだいに地上が懐かしくなり王は妻に息子を連れて地上に戻りたいと云い妻は息子たちを失うのに忍びなく義父「海神」は子供たちはここで育て十分成長したら地上に送り届けようと云い王は海神に王権のシンボル「銀の槍」「金の刀」「王冠」を預けて息子が海神宮を離れるときこれを持たせて欲しいと頼みスラン王が再び水面に戻ると船の上では部下たちが待っていて王はこの間12分しか経っていないと聞いて驚きやがて成長した三人兄弟は父を求めて地上にやってきて末っ子が後を継ぎさらにその子供が王位をつぎマラッカ海峡周辺を支配するミナンカバウ王国をつくったと云われてます

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東アジアから南太平洋の洪水神話は形態として宇宙闘争型と云うものでそれは神々や動物が争った結果において洪水が起こると云われ争うのは天界の神や動物と地界・水界の神や動物であると云われてます

ベトナムでは
山の神と水の神が美しい王女を娶るために争う話があり結納を届けるのに遅れた水の神は山の神が獲得した王女を我がものにするため洪水を起こし攻撃をし結局は水の神は敗れその恨みを晴らすために毎年洪水を起こすと伝えられてます

カンボジアには
鳥と鰐や蟹が喧嘩をして洪水が起こるとする話がありある時んき鳶が蟹を馬鹿にして嘴で甲羅に穴を開けそれが今でも見られる蟹の模様の起源であり怒った蟹は雲の中に隠れている鳶を殺すために天まで届くほど海を上昇させたと伝えられています

これらは宇宙闘争型洪水説話の典型であり同様の事例は東南アジア内陸部に広く見られこれらの神話では鳥は乾いた世界と天上界を象徴し鰐・蟹・蛇などは湿った世界・地下界あるいは水界を象徴し毎年起こる洪水は天上界と地下界・水界との闘争なのであると云われてます

中国南部には
内陸に住む少数民族の間で天に属する雷神と地神において洪水が起こったときに近親者がカボチャの船に乗って助かると云うのが特徴であり中国南西部のヤオ族の間では天から降りて来た雷神を男が鎌で傷つけてしまい男は雷神を三日三晩火の上で料理していたが雷神は男の母に洪水の到来を予告し母は雷神を逃がし神は救ってくれたお礼にカボチャの種を母に残し洪水が起こったらそれに乗って逃げるように伝え雷神は天に戻り男を罰するために雨を降らせたが種からは巨大なカボチャができそれに乗って男と妹は逃げ水かさが増して天まで届き男は雷神のいる天に昇ろうとしたが神は天の帳を閉じて拒絶し二人の乗ったカボチャは山の頂に流れ着き兄妹は人類の始祖になったと伝えられてます

東南アジア島嶼部やポリネシアには
太古の昔に天と地が接近しすぎていたため地上は闇に覆われ人間の住む空間がなかったとする神話がありあるきっかけで天と地が引き離なされると光が射して今のような世の中になったと伝えられていて天「男神」地「女神」であり天地が接近していると云うのは男女の交合状態を顕しその結果として人間や動植物が生まれ今でも天と地は年に一度交合を行い生命を復活させると信じられています
この種の神話は雨季と乾季がはっきりしているインドネシア東部に多く雨季のはじめ乾いた大地に降り注ぐ恵みの雨はかつて抱擁していた女神の上に注ぐ男神の涙あるいは精液であると云われてます
日本の八又の大蛇退治は荒れ狂う川の反乱を制御したことを象徴しアジア各地に見られる陸と水あるいは天と地の争いや抱擁は大自然の営みに対する人々の恐れや畏敬の念を顕していると云われてます

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日本神話では
天地(あめつち)の初めの時に国土がまだ若くて固まらず水に浮いている油のような状態であったこのとき最初の神々「天つ神」が出現ししんがりに兄妹神イザナキとイザナミが顕われ二人に対し神は「この漂っている国土をよく整えてつくり固めよ」と命じ原初の海を矛の先でかき混ぜそのときしたたり落ちた滴が固まってオノゴロ島ができ二神はその島に降り立ち天地を支える柱と立派な御殿を建て二神はそれぞれ男神の体には有り余る部分と女神の体には足りない部分があることに氣づき二神は柱の回りを逆方向に回って出会い互いに惚れあい「まぐあい(性交)」を行い女神は出産し最初の子供は不具の子供「蛭子(ひるこ)」であったので水に流し女神の方から男神に声をかけたから改めて柱を回った後男神から女神に声をかけ次の出産は成功し女神は日本列島の島々そして神々を生んでいったと記されてます

奄美諸島から沖縄諸島にかけて島々の創世神話「島建て」にはイザナキ・イザナミの神話が沢山伝えられてます

与論島では
昔人間と猿がいたが喧嘩ばかりしているので神が怒って洪水を起こす話があり世界中が水浸しになったがやがて遠くから兄妹二人だけの神が船に乗って島にやってきて二人は海岸で千鳥が戯れているのを見て男女の営みを知り自ら交合して子孫をつくっていくと云う神話が伝えられてます

石垣島では
島の最初に裸体で現れた男女がジュゴンの交尾を見て夫婦になる話がありその後二人は恥を知りクバの葉で陰部を隠すようになり彼らの子孫が沖縄の島民であり石垣島には最初の男女が顕れた後に大雨で大洪水になり水が引くと木の穴に隠れていた二人は顕れて神のお告げに従って井戸の回りを逆に回り再び出会って結婚すると云う話が伝えられてます

竹富島では
最初に現れた裸体の男女が成長したとき天神が女神の足りない所と男神の余る所をあわせてみるように命じ二人は神の仰せのとおり腰をあわせて池の回りを回り愛し合うことを覚えたと伝えられてます

これらは洪水の後に顕れた神や兄妹あるいは天や海の彼方から到来した神ないし先祖によって新しい世界が始まると伝えられている神話は南島世界の島建てには多く伝えられてます

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ソロモン群島のガダルカナル島北東に浮かぶ「マライタ島」ではこの島の西岸に広がるラグーンには「ランガランガの民」が住んでいて今でも結納や交換活動に必要な貝貨をつくって暮し誇りをこめて自らを海の民と呼び同じ島内陸に住む山の民とは区別をしていると云われていてランガランガの民の多くは浅い珊瑚礁に石を積み上げてつくった人工島に住み飲み水をとったり畑を耕したり物々交換の市場に出たりすために本島までカヌーを漕いで行くと云われてます
約百年ほど前に白人がくるまでは海の民ランガランガ部族は周辺の山の民と争っていて人工島に住んでいればカヌーに乗って攻めてくる敵の到来を察知しやすく不意打ちを防げげることから人工島に住んでいると云われてます
さらにもうひとつは人工島とは彼らの創世神話の再現であると云われ南太平洋には釣りをしたとき釣針が珊瑚にひっかかりそれを引き上げたところ海底が浮上して島になったと云う伝説がありソロモン南東部にあるアトゥア島には二人の兄弟がいて彼らは精霊が踊ることのできる場所を探しすため船出し色々な所で聞き耳をたて精霊が海底で歌い踊っているの場所を見つけ兄は弟に海に潜って海底の何でもいいからロープをしっかりと結びつけてこいと云い弟は海底で巨大な木を見つけて大きな根に結びつけ弟はロープを引いて兄に合図し兄がロープを引くと海が波を荒立て沸騰しそして波間から島が出現したと伝えられていて木が生えていた所は島でもっとも高い所で今も精霊の踊る神聖な場所となっていると云われてます

ハワイ「マウイ神」が兄たちと釣りに出たとき兄は末っ子のマウイを馬鹿にしていたが彼の釣針には大魚がかかりマウイは兄たちにまっすぐ岸まで獲物を曳航するように云ったが兄たちは振り返ってしまい魚の体は分断されてハワイの島々になったと伝えられていてこの創世神話にちなんで後世ハワイの王が儀礼で使う釣針をマウイの釣針と呼ばれてます

南太平洋「メラネシア」には原初の海で泳ぐ蛇神が海底を浮上させて島になったあるいは創世神の亀がせっせと砂を珊瑚礁に積んで島になったと云う伝説が残ってます

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日本列島の最南端「八重山」には方々に津波石が残ってます
明和年間にこの付近で起こった大津波に由来し当時は琉球王朝「尚穆王(ほうぼくおう)」の頃で津波の被害の惨憺たるありさまが文献に記録されていてそれに伴って津波の説話が数多く語られてます

石垣島では
若者たちが海岸で美しい女の声が聞こえてくるのを聞き不思議に思い三人の若者が翌朝船を出して声の主を確かめることになり網を掛けると大きな人魚(ザン)がかかり思わぬ獲物に喜んだが人魚が泣き始めたのでかわいそうに思い逃がしてやり人魚は嬉しそうに泳ぎながら「助けてくれたお礼に教えてあげます 今海が大変怒っています 程なく大津波があります だから早く帰って山に逃げなさい」と云い三人は村の人にこれを話し山に逃げたが白保の人は誰も信じずやがて起こった津波に呑まれてしまい話を信じて逃げていた野底村の人々は村の復興を行い三人は以後親切を教訓にして暮らしたと伝えられてます

宮古群島の伊良部島では
漁師が漁に出て「ヨナタマ」と云う魚を釣りこの魚は人面魚体であり物を云う魚であり漁師はこのような珍しい魚ならば明日賞味しようと思い炭をおこしてあぶりこにのせて乾かしはじめその夜寝静まると隣の家の子供が泣き叫び伊良部村へ行こうと云い母は心配しそれを抱いて行くと海の方から「ヨナタマ ヨナタマ どうして遅く帰る」と聞こえてきて隣家で網の上であぶられていた魚が「今われはまさに炭の上で焼かれること半夜に及ぶ 早く(潮)をやって迎えてくれ」と答えこれを聞いて母子は恐ろしくなって逃げ帰ると津波で村は流された後だったと伝えられてます
ヨナタマとは海を表す古語「ヨナ」と関係し「ヨナタマ」とは「海霊(よなたま)」であると云われてます

宮古地方では
海に漁に行くことを「よなうり(ヨナ下り)」と云いそれに関連して「よな下り道」や「よな下り川」と云う言葉があり海霊は海神思想の原型で一方で食おうとした侵犯者を懲罰すると同時に他方敬虔であり従順である者には多大なる福徳を与えると云う意味があると云われてます

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日本列島から南太平洋へ連なる火山脈の上では鰻や大蛇が大地を支えその動きによって地震が起こると信じる民族が多くこの南に伸びる火山脈に沿って大地を支える鰻や蛇の観念が存在しているためだと云われてます
日本の民間信仰では「鹿島大明神」が要石で鯰を押さえつけている間は地震が起こらないと云われていて何かのきっかけでタガがゆるむと鯰が暴れて地震になると云われてます
原初の海に泳ぐ龍蛇が大地を取り巻き押さえているという信仰が原型にあると云われてます

薩南諸島「種子島」では
とても長い「なえ」という魚がいて世界を取りまいていて「なえ」は自分の口でくわえるくらい長い体を持ちそれで地球を締めつけていてときどき「なえ」は自分の尾を離しタガが緩み地面の弱いところが割れたり山が崩れたりして地震が起こると伝えられてます
伝承では「なえ」の頭は京都の下にありその中心に京塚があり普段はこの京塚の重みで「なえ」が押さえられていて尾を離すとその重みですぐまた尾をくわえだから人々は地震が起こったら「きょうづか・きょうづか」と唱えると云われてます
地震が起こったとき「きょうづか・きょうづか」あるいは「つかつか・つかつか」と唱えるのは沖縄本島や八重山にも見られる風習でもあります

石垣島では
ナイ(地震)の原因は地底に住む大蟹が悪さをして鰻を挟むと鰻が苦しんであばれるためであると語り継がれてます

宮古群島では
ヨナイタマとも呼びますがその言葉に含まれる「ナイ」が地震のようにものが揺れることを指しそして津波は「ヨナナイ」と云われ「ヨナタマ」には地震によって津波が起こると云う意味が含まれていて洪水を起こす鰻と地震を起こす鰻が元はひとつであると云われてます

東南アジア・大陸部「ラオ族」では
この世の中心にある山「須弥山」は「プラ・アヌン」と呼ばれる魚によって支えられていると信じていてこの魚は山を取り巻いていると表現されていると云われてます

フィリピン「ミンダナオ島」に住む「バゴボ族」では
大地を支える鰻の伝承がありこの伝承では天地や海が創造された後に最初の人間は大鰻と蟹を創り蟹がときどき鰻を噛むと鰻が大暴れをして大地が揺らいで地震が起こると伝えられてます

インドネシア「ジャワ」や「スマトラ島」では
大地を支える蛇の思想やボルネオ南部「オロ・ンガジュ族」も「蛇神ナーガ」が大地を支えていると信じていて蛇がだらけて寝返りを打つと地震が起こるとされていて北部ソロモン諸島「ブーゲンビル島」では大地の底に蛇が住みそれらが交尾するときの動きで地震が起こると信じられていて大地を支える蛇の観念は「フィジー」にも見られます

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沖縄「津堅島」にある「七頭鰻」
海に住む大鰻が毎年陸に上がり人を一人食うまで暴れるの困っていてそこでクジで当たった者を犠牲にしようと云うことになり若い娘が当たってしまい家族が困っていると武人が通りかかり作戦を授け鰻が好きな酒を瓶に入れて道に置きその上に櫓を建てておとりの娘を立たせ鰻が瓶に頭をつっこんで酒を飲んでいるときに太刀で斬りつけて鰻を殺したと云われてます
島ではこの説話に関連して旧暦11月14日に「マータンコー」と呼ばれる儀礼を行い女の絵を掲げて酒樽に映し酒を飲ませて蛇を殺す儀礼であり普通二人の男性が長者として選ばれ長者は名誉をうけ祭りでは上座に座り「マータンコーの祭り」は大蛇を退治する祭りであると共に蛇を退治する長者が新たに誕生することを祝う儀礼であってこの儀礼は蛇の姿をした神海の彼方の豊穣の国「ニライカナイ」からを迎える意味を持つと伝えられてます

沖縄で鰻・蛇を退治するために櫓を組むのと同様に三階建ての家をつくる伝承があります
三階建ての家をつくりそれぞれの階に炉をつくり炉のわきには餌の魚そして焼けた石と熱湯を置きやがて龍が魚の臭いを嗅いでやってきて一階に登り魚を食べようとしたとき焼け石と熱湯を呑み込んでしまい龍はさらに登り同じ事を繰り返すがそのすきに槍で龍にとどめを刺し龍は死ぬ間際に「俺は死ぬが四日後に俺の死体を見ろ」と云い残し母と子が死体を見に行くと死体から煙が上がっていたがそこからは戸棚・皿・貝輪・布など色々な財宝が生まれていたと伝えられています
沖縄における「ニライカナイ」から富を運んで来る蛇形の来訪神と同じであり人食い大蛇は恐ろしいと同時に腹に宝の山を宿す両義的存在でもあると伝えられてます

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山形県と秋田県の県境にある「鳥海山」の始祖伝承は次のような卵生神話です
昔巨大な鳥が卵を抱いてこの山に飛来し卵から菩薩や親王が生まれて始祖になったと伝えられてます

宮古諸島にも卵生神話があり多良間島では津波がやってきて人々が全滅してしまい天の神が卵を七個持ってきて鳥のようにそれを抱いて孵化しようとしたがなかなか孵らず卵は腐ってしまい再び七個の卵を持ってきて別の所で抱いていると男女七名が孵化しそこでその七名の伴侶を天からさらに降ろして夫婦にさせたと伝えられてます

鳥海山のようにその卵が鳥の卵である事例はフィリピン・インドネシアさらにメラネシアにも顕著でありそのような卵生神話には鳥だけでなく水界の生物・蛇や鰐をモデルにした伝承も多く台湾「高山族」の間にある「卵生神話」では昔一本の竹があり中に水がたまっていたがその竹を割ってみると中から四個の卵が転げ落ちてきて5・6日たつとその中から蛇の形をした男女が顕われ二人は交合を知らず男の男根が何となく勃起してきたので彼が放尿しようとすると女がここに出せと云い股間を示しその通りしてみると二人は快楽を覚え毎日同じ行為をしてやがて二人には子供ができたと伝えられてます

ビルマ「建国神話」では
女「ナーガ(蛇)がやってきて太陽神の王子と関係を持ちやがてナーガは妊娠して金と黒と白の卵を生みやがてその卵は嵐で流されて孵化した卵から王子が生まれたと伝えられてます

インドネシアモルッカ諸島北部の「テルナテ王国の起源神話」では
王はいなかったがある時い長老がカヌーで船出し彼は海の岩の近くに綺麗な籐が生えているのを見つけ彼が近くに行き手下に籐を切らせると切り口から血が噴き出しびっくりして飛び退いて彼らは近くの岩にナーガ(蛇)の卵が四つあるのに氣がつき彼が卵に近づくと声がして卵は偉大な者たちが生まれるのでもって帰るようにと云われ彼は感銘をうけ篭にいれて卵を持って帰りやがて卵が孵化して三人の男と一人の女が生まれ彼らがテルナテなど王国の始祖になったと伝えられてます

「竹取物語」の源流
東南アジアやオセアニアにあり同時にそこにはヴェジタリズムあるいは植物トーテムの思想が基盤にあると云われ植物から誕生すると云う点では桃太郎のような民話も関係し竹の象徴的重要性のひとつは幹が中空であるために地上と地下世界をつなぐパイプになると云うところから竹を通って地下世界あるいは冥界の霊が地上にやってくる逸話は非常に多いと云われてます

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「日本書紀」
天地が開けた始めには国土が浮き漂っていたと記されていてその中に「葦の芽」のようなものが最初に生じて神になったと記されてます

「記紀」神話
日本古代の原風景はズブズブ・ドロドロの湿地はきわめて生産性の高い生態系であって多くの海洋生物はそこで育まれやがて人間に多大な富をもたらすがしばしば洪水に襲われる低湿地はその季節のサイクルを把握すれば豊かな農地ともなり腹に宝を宿す大蛇の思想はそれを象徴すると云われてます

日本や南島にもその系譜が及んでいる海霊や洪水の説話とそこに登場する鰻・蛇・鰐などの動物などはそれらが活躍する湿地帯はすなわち陸と水の中間地帯でありこれらにまつわる説話は自然の恵みと人間の不遜な行いに対する戒めが同時に記されていると云われてます

九州の真宗「カヤカベ教」の教義では「この世の始まりは洪水に覆われた泥海のようなものだった」と伝えられていて泥海に生じた最初の光明こそ阿弥陀仏なのであり天理教の教義では「この世の大本はどろうみであった」と説いてます

神話に登場する多くの海神は湿地帯に棲息する鰻や蛇あるいは鰐などを原型としていてやがて神々は波濤や珊瑚礁を越えた遠い海の彼方からやってくるものとなり海を越えてやってきた人々の遠い始祖の地また常世の国から到来する神々となったと云われてます

南島で広く見られる海から到来する神はスク(塩辛状にし豆腐の上に載せて食べる魚)であり「スク」はアイゴの稚魚のことであり人々は「スク」をネィラ(ニライ)の神の贈り物と考えこの海の神は日本人にとってもっとも大事なものすなわち稲をもたらす神であると云われてます

「スク」の到来
旧暦の五5月から8月の間で朔日の前後であり鹿児島県の徳之島では最初の到来は5月に「ワクサ(若草)忌み」つまり稲が穂を孕んだ後の忌みの期間でありこの時期に稲に宿った稲霊に失礼のないように水田に入って騒いだり光り物を持ち込んだりするのを禁止しそして6月の半ばに稲刈りの解禁の直後に珊瑚礁を真っ赤に染めてシュクが再び到来しこれをアキヌックワ(水稲収穫の子)と呼び神女「ノロ」がシュクを潮だまりでとりニライからの神を迎えまた刈り取りが終わる7月の半ば直後の旧7月28日頃に三度目の「シュクの寄り」があります


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