「天草|十五社宮」


「天草の歴史」
一時期は長崎県にも所属した程の熊本県宇土半島よりも島原半島に近く神代では「天の両屋」と称されていました
景行天皇は巡行の際に船で葦北から宇土半島へ向かうとき嵐を避けるために天草諸島「御所浦町」に寄港し御所を営んだ縁で「御所浦」と云う由緒ある名が付いたと云われてます
船のとも綱を繋いだとも石が今に伝わっていてこの町にはカンヤマトイワレヒコ命(神武天皇)を祀る神社が5社もあります

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「十五社宮」
里の神社が各地にありますが熊本県天草市亀場町亀川に鎮座する十五社宮は天草独自の神社です

<御祭神>
神武天皇(御子建磐立命)
皇后
ご両親
近親の神々十二柱
天照大神
応神天皇
天児屋根命
計十五柱を祀られてます

亀川の清き流れのほとり十万山を正面に望むところに石祠をつくってご神体をお祀りしていたが昭和13年に社殿を新築して現在に至ります
神社庁に登録されている天草神々の神社数は142社でその中十五社宮はその半数の64社に及びます
菊池氏が天草を収める時に天草の各地に十五社宮を建立したものと伝えられています
熊本県下では天草にだけ十五社宮が祀られていて阿蘇神社と御祭神は同じです

天草「十五社宮」
海に生きた原住民
古代天草の海人族が信仰を寄せた還シナ海文化圏につながる龍(神)宮が「ジュクサさま」「ジュウゴさま」と転訛していたものに十五社の漢字をあて天照大御神や阿蘇十二神をふくむ大和朝廷文化圏の神々十五社をあてて併祀したと伝えられてます
この十五社は戦国時代まで天草郡に属していた薩摩の獅子島・長島それに江戸時代まで天草と海上交易が盛んだった肥後の高橋松合にもあります

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「阿村神社(あむらじんしゃ)」
熊本県天草郡松島町阿村(旧肥後国 天草郡)に鎮座
<御祭神>
天照皇大神(天照大神)
神武天皇
八井耳命(神社により神八井耳命)

「阿村神社」口碑伝説
「景行・成務天皇の御代この天草島を統括し給いし皇族建島松命等の御守護神として天照皇太神・神武天皇・八井耳命の三神を同村古墳の所在地近傍に建立し祭られしに其の頃の土民も深く之の神を崇敬したりしが世の変遷とともに隔地なるを一同相議り村の中央(現在位置)に遷座せしといふ又肥後の国土を統括せしめ給いし阿蘇の国造健磐龍命外十二柱の神を同祭神に併合し十五社宮と称現今に祭られると言い伝え来れりこの口碑伝説を察すれば氏神と古墳とは大も密接の関係あると予想するにあり」

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加藤清正は天草を小西行長と攻めはしたものの社寺の復興・支援をしたとも伝えられてます
十五柱が合祀されている神社を十五社神社(十五柱神社・十五社宮)と云い天草には多く存在してます

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「福連木の子守唄」


ねんねこ ばっちこいうて
ねらんこは たたけ たちゃて
ねらんこは じごねずめ


ねんねこばっちこは
もり子の役目 そういうて
寝らきゃて らくをする


おどま盆ぎり盆ぎり
盆から先きゃ おらん
おっても ぼんべこ
きしゃされず


おどんが死んだ時ゃ
だあが泣いてくるきゃ
山の からすと親様と


おどんが死んだ時きゃ
大道端いけろ 登り
下にゃ 花もらう


花はたつつちゃ
しばん葉はたつんな
椿 つつじの 花たてろ


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