「真言宣(まことのり)」


人それぞれに心の物差しは異なるものです
1円玉と5円玉とでは貰ってどちらが嬉しいかと云えばどちらを貰ってもそれほど変わらないものです
百円玉と5百円玉とでは5百円玉を貰った方が嬉しく千円札と5千円札とでは5千円札のほうがありがたいものです
そして1万円と10万円では10万円の方が貰ってさらに嬉しいものであり100万円よりも500万円の方が断然うれしいものですが100億円と200億円とではこのレベルの金額になるともうどちらでもよいと思うようになるものです
ある金額以下ではさほどどちらでもよくてある金額以上でもどちらでもいいようにその人その人に見合った尺度が存在しているものです
仮に毎月30万円のお給料を貰わなければ不幸のどん底にいると思う人もいれば30万円も貰えれば天国にいったような氣分になる人もいるものです
遠く過去を振り返ってみると若かりし頃に胸が張り裂けるような恋の悩みや人間不信やどうしようもなく重苦しい不安も10年・20年と過ぎてみればあんな些細なことでなんで悩んでしまったのかと当時の小さな自分の心に氣が付くものです
甘いものが好きと云う人もいますが甘ったるいと云う表現は嫌いな方も多いかとおもいます
みずみずしと云うと新鮮な響きを与えますが水っぽいと云うと何やら距離感があると感じるものです
信念とこだわりとは紙一重であり教育と云えば格好がいいですがそれは児童への洗脳だとも云えないこともないのです
好き・嫌い・正しい・悪いなどの心の感情とは絶対基準があるわけでもなく人それぞれの心の物差しによって強弱や濃淡が異なるものです
自分の心の物差しを広げていくとでこれまでの判断も付かなかったどうしようもないスケールオーバーの出来事が難なくやり過ごせるようになっていくものです
心の物差しが3センチしかないとすると10センチの降りかかる火の粉は人生最大の不幸であり現実がオーバーリミットで爆発してしまうものです
しかし心の物差しが3メートルもあればたった10センチの不幸は難なく静観できるものです
思い通りにならない
それは仕事でも夫婦親子の間でも日常茶飯事であり台風や山登りを始めて人界から抜け出した大自然界の中ですらさまざまに経験するものです
思い通りにならないと云うことは腹が立つものでもありますが自分の心の物差しが思い通りにならない状況だと判断することで自分を苦しめているものはその小さな自分の心の物差しをもつ自分であると云うことに氣が付くものです
私たちは幸せになることを人生の最大の目的とするにはお金やマイホームや恋人などと云う対象物を外に求めるのもいいですが誰にでもできて最も効果の上がる幸せのための準備とは心の物差しを広げていくことです
心の物差しの大きさには限界がなく自分の進取の氣持ち次第で大きく変わるものであり今生でどの程度まで大きくなりたいかです

人の心の基準が見えるような心
寛容の心
大自然との純粋な心
大宇宙大との飛躍した心

+++

父見捨て
せがれプレステ
母エステ

サラリーマン川柳にもありますが家族バラバラでかつそれぞれが物質枠にはまって小さく生きてもつまらないものです
人生は一見長いようでもたった32000日しかありません
今やりたいことを今直ぐやるべしです
愚痴や孤立感や深い悲しみや心配ごとなどが病の元となり原因はともあれ医者からあと余命一ヶ月の命と宣告されたら私たちはどう生きるでしょうか
仕事をそのまま続けるだろうか
それとも故郷に帰って親孝行をするだろうか
おそらく本当の自分のしたいことをするに違いありません
どんな瞬間にあっても私たちは死と隣あわせになっています
私たちはこれまで通りの惰性で生きているのではなくいつでも自分のしたいことを自分らしく精一杯に胸を張って生きていくことでその命を輝かすことが出来ます
命が輝けば心の物差しは大きくなります
そしてつまらないことに拘泥しなくなり拘泥しなくなる割合が高くなるから楽しいことの割合いが増えてくるものです
無理やり自分を枠に嵌め込んでしまったり自分さえ頑張ればと無理に背伸びをしてみたり仕方がないから周りに氣を使ったりなどの建前で生きていればそのぶんギフトやプレゼントである心の充実感を受け損なうものです
今この瞬間は再びやって来ません
自分の心に素直に問うて正直に素直に感謝と祝福をもって生きてみることから人生の達人となるものです
全てが輝けば美しくその風景に溶けた自分も楽しめるものです
周りの人の笑顔を見れば嬉しくなるのが人の本性でもありそれは表面意識よりも深いところにある霊性(魂)の内容でもあります
周りが暗く沈んで自分だけが笑っていても本心から楽しいはずもありません
周りの人の笑顔があって自分も楽しいから大声で笑えるのであり周りの人の笑顔がなければたった一人で楽しめるはずもありません
あらゆるすべてのことに対して好奇心や関心をもってすべての人が共に幸せになれるようなそんな大きさをもってこの瞬間に自分自身が本当にやりたいことを清々とやるべきでありそれが楽しい人生となるものです
建前の時代は終わりモノだけの時代も終わりました

+++

やりたいことが今やりづらいそのしがらみとは
やりたいことをやると今の仕事に迷惑が掛かる
家族が悲しむ
やりたいこととは遊び呆けることではなく自堕落と心の本心からやりたいことは違うものです
我欲から抜け出せないことが本心からやりたいことが出来ない原因です
出家などをせずに今の仕事をしていても生き生きはつらつと胸を張って生きることはできます
我欲をとって建前に生きず・とらわれない・こだわらない・かたよらないで日々是好と生きることは誰でも可能であり問題はその大きな決意や決心の翻意と宣言です
自分自身の過去の生き方を振り返りこの先の人生を実りあるものにしていく意を決してそれらを実行してもまた元に戻ってしまう場合があります
心機一転の世界でも我欲と傲慢は知らず知らずの内にその芽が出てくるものです
負の種を宿しつつ人生において何を極めればよいか
それは嘘をつかないことです
奥さんに嘘をつかなかったことがあるだろうか
旦那さんに年がら年中に正直に話をしてるだろうか
友達にこれっぽっちも嘘をつかなかっただろうか
そうした小さな嘘や建前が本物の自己を覆って暗い狭間から我欲の種が動き出すものです
我欲の想いに浸っていれば真実は歪められ事実と違うことを相手に飲み込ませてしまうものです
青雲の志を持つ書生もやがて政治家になるとこびへつらいとなりその集団の中にいるから本物の人物が見えなくなるものあり当選のための活動資金づくりがやがて麻痺して金権思想の虜となっていくものです
そんな生き様の中で自分の不都合には建前と屁理屈で対応し些細な嘘から大言妄言まで使い分けるようになるものです
誠とは言葉が成ると書きそれは言霊の意識と天理が合一することを示してます
嘘は当然に自分で分かっているものでありそこから本心(精神)と言葉が分離します
本心(精神)と言葉の分離は心と肉体の分離を招きやがて身体の不健康と心の不健康を招くことになります
心の中の「真」と現象の「事」が一致することは天理であり宇宙からのエネルギーが共鳴して自己の生命力が湧いてきます
それを真事(マコト)と云い真言(マコト)とは心の底から発する真なる言霊でありそれが現象の真事(マコト)となります
悪言(ワルグチ)・戯言(ザレゴト)・弄言(モテアソビ)・妄言(マドワシ)・嘘言(ウソ)などの不調和の放言とは悪事・戯事・弄事・妄事の事を呼びます
これらは万物共生という大宇宙の摂理とは相容れず生命力が沸いてこないものです
誰も見ていない誰にも分からないからといって嘘をついてもその嘘は必ず宇宙に刻まれるものです
証拠もないから警察にも見つからないし分からないかもしれないが宇宙には必ず刻まれるものです
愛は見えず手ではつかめないものですがその波動は万人が認め感ずるところでもあります
誰しもが体験したことのある愛の存在は事実であり見えなくても充実と云う心の喜びも感動もまた事実でありこれらの見えない波動も一切を包む大宇宙に刻まれて宇宙の中で共鳴するものです
大調和宇宙に刻まれた嘘のエネルギーは再び自己に戻ってくるものです
人生死ぬるまで嘘はつきたくないものです
人生の中で嘘をつかないことで真言(マコト)が発して真事(マコト)を呼ぶものです
それが今生に生まれてきた人生修養の主要課題でもあります
これを「真言宣(まことのり)」と云います


関連記事一覧


無料メルマガ

お名前

メールアドレス


(ドメイン satose.jp 受信設定)

スポンサーリンク

Amazon

楽天市場

Y!ショッピング

7net

ブログポリシー

鈴木慧星の名称およびブログの全部または一部をリンク・複製・引用・転用・転載・改変・アップロード・掲示・送信・頒布・販売・出版等を一切禁止します

ソーシャル・ネットワーキング・サービスの利用規約ならびにソーシャルメディアに関するポリシーおよびルールとマナーに違反する行為等を一切禁止します