「輝身(カガミ)」


精神の荒廃の時代その中でも青少年層に見られる精神不在のこの時節において次代を担う神童に徳育を施して真魂を発揮させて神として身を輝かす時代へと向かってます

2000年5月5日午後5:08分(グリニッジ標準時 午前8:08分)6000年に一度の地球から太陽方向に向かって水星・金星・火星・木星・土星が一直線に配列されました
太陽系の重力偏向などと云うひ弱な現代科学からの分析的側面にだけに捉われずホロスコープ(占星術)の中心原理とも云える光波(宇宙波動:α線・β線・γ線等の重畳波動)がDNAに及ぼす影響が惑星位置により古来より地球上に注がれてます
神聖遺伝子に作用されると意識状態もそれと同調する良性意識波動ではない場合は荒廃した意識波動はますます変調をきたすことになります

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倭(ヤマト)の輝身(カガミ)として肉身のまま神になることは空海の金剛界秘法でもあり2000年5月5日以降は天空旋回期へと向かってます
大八島豊葦原水穂國の水辺に葦生い茂る五穀豊穣の国
トヨ(十四)とは「アオウエイ・ワ・ヒチシキミリイニ」の宇宙に鳴り響き止まぬ母音の風・水・空・火・土と物質現象界の「ワ」である調和と八父音の乾・兌・離・震・巽・欠・艮・坤の十四の玄理から構成される原世界を云います
アシとは「アタカマハラナヤサ」のア行(亜)の頭の「ア」とサ行(サソスセシ)末尾の「シ」に至る精神物質界(母音+子音)の計四十音の神田(カミダ)全体を顕わしていて八父韻は大生命意志の玄律である純正・信念・希望・愛・勇気・進化・調和であり時・処(空間)・位(己が位置する点)を駆動させる玄律です
ハラとは腹中に収めるの意であり八つの宇宙玄律をラセンのようにオノコロ(己の心)で駆動させる八螺(ハラ)を云いミズホとは水(ミズ)と火(ホ)であるカミ(火水=神)であり陰陽を示してます
大八島豊葦原水穂國とは言霊五十音を駆使して三六九世界を開拓する使命を帯びた天津霊継ぎ民族の国であり神が構築した久邇(クニ:その民族の久しいイヤサカの意)であり天津霊継ぎ神民とはかかる使命を持つ今の私たち自身なのです
神前にある鏡(カガミ)とは己自身を映し身削ぎ(ミソギ)と張霊(ハラヒ)と云う心の曇りの度合を確認し輝身(カガミ)を鏡(カガミ)に移して天照る心で世に照り返させる重要な意味をもってます
身削ぎ(ミソギ)とは肉体自我の削ぎであり張霊(ハラヒ)とは精神内容である純正自己の充実です
ユダヤ「モーゼ十戒石」の十戒石は訓導と云う身削ぎと張霊の映し「八咫鏡」とは移しと云う天津霊継ぐ民族の使命をも併せて秘めてます
輝身(カガミ)とは神前の鏡(カガミ)を通じて生身の体で身を輝やかせ常己を確認し心の曇りを拭い去り今を生き生きと積極的に行為する私たち自身である神体です
曇りの無い良性な意識波動と現象化のエネルギーをもつ言霊をもって日常を快なるものとして楽しむことが次の時代を担う神童への移し鏡(ウツシカガミ)となります

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人は生身の体だけが我(ワレ)と考える人が余りにも多く命体(吾ワレ)と肉体(我ワレ)によって生命体(霊止ヒト)となっていることを自覚しなければなりません
躾を単にみかけの暴力と見るのでなくその行為の裏に愛と云う目に見えない意識の存在を忘れがちであり生命体を単に売り切り出来るモノ(肉体)だけの商品のように扱ってしまいがちです

私たちの意識は現象を目鼻耳のセンサーで実体事実と判断してしまう表面意識と心の内底に潜む感受性や見えない心の性癖である潜在意識と更にはその深層に命を頂いたときの純正な意識である深層(無)意識があります
意念・意志・動機はモノではなく眼に見えませんが通常は70%の表層意識と25%の潜在意識と5%の深層(無)意識で情動が働き始めます
動機があってはじめて行為とし行為そのものより意念・意志・動機と云う目に見えない意識の作用のほうが重要であり行為の結果において満足と思うか不満足と思うかはモノを基準とするか充実感を物差しとするかによって意識の中で判断され意識の作用=心の作用となります
モノと基準とした不満足は表面意識の飽くなき我欲の堂々巡りを繰り返すかふと氣がついて反省をします

我欲を主張すれば得られぬことの不満から愚痴・恨み・怒り・悲しみ・不安が渦巻いて狂った精神やその氣は病を誘い病態で再び同じ行為をすればさらに悪化します
現象結果を全て受け入れて一切を自己昇華することで内部昇華の反省を通じて大局の人生観が育ち時間と事象空間までも味方につけ氣・根・胆は人生観から生まれ次なる行為に生命力・持続力・決断力を加えます

瞑想は潜在意識の心の模様を静観し更には深層意識まで到達すると生かされている自己と生かしている実相の姿を知り個とは全の一部にして共生(トモ)の真(マコト)を知り時の本性(スガタ)は全なる進化(ススメ)と知りえます
瞑想が苦手な方や瞑想の途中で眠ってしまう方はこの全なる進化の真理を知りえたくないと云うことです

共とはモノの共ではなく生きて命ある共生と書いてトモと云います
スガタとはモノの姿ではなく本性と云う生命体の本質をしてスガタと云います
進めとはモノの単なる進行ではなく常に生命体が前進・進化・発展することをススメと云います
行為の結果を反省して自己の内部の心の扉を開いてみると小さな自我と自己保存の我の存在に氣がつきます

自己の存在そのものを吾に問い掛けてみると霊止(ヒト)は万物自然の共生の中で永遠(十和トワ)の進化律(ススメミチ)が与えられていることを悟り万物の霊長は不調和(ミダレ)を融合融和へと誘う霊統(ヒト)であることにも氣がつきます

共生の意識こそ輝身(カガミ)の心でありトモの中にいき生かされていく自己の氣づきがサトリであり精神の吾(ワレ)に忄(こころ)を入れて悟りとなります
共生の意識こそ神人への入り口であり輝身(カガミ)である私たちは今ここに神人としての意(大生命意志)の血(道)=イノチをもって光り輝くことです


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