「カゴメ唄」


悠久の過去へと遡る旅路とは遠い過去の記憶を修正する旅路でもありその働きは根の世界への下降を意味していて地層の記憶を地球中心部へと突き進んでます
人の持っている記憶とは現世の記憶以上に過去からの記憶に大きく影響を受けていてほとんどの人たちはあまりそれに氣がついていません

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記憶とは無意識の領域に収まっているアカシックレコードの記憶であり前世の物語りもあり情報だけでなく感覚と印象を伴ってます
この記憶をすべて一つの現在意識が保持してはおらずこれらの記憶を複数の人格が保持していて自分の中の記憶因子として持ち続けてます
この複数の人格を「複体」と云いおよそ一人の人間の中には12体存在していると云われてます
複体のことを「前世人格=前世(過去生)」と云います
複体の中で活発に機能している複体もあればうなだれて弱っている複体もあります
人間関係においてAさんと関わりを持つ時に前世でAさんと深い関わりがあり「複体」が現在意識に登場して関わりを持つようになります
複体とは関わる人によって複数入れ替わる特質を持っています
現代社会において問題のあった複体を修正・修復するプログラムが活発化して修正を図りすべての複体(12体の複体)が一同に介せれば一氣に神々の住まう光の世界へと移行できる時期に来ていると云うことです

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複体の修正・修復には過去世に縁のあった人物が再び今世で出会いある出来事をもって顕れています
この出来事のほとんどが大きな問題事を伴っている場合が多くその多くは恨みつらみや痛みでありこのような人間関係は自分の中で機能していない「不活発な複体」あるいは「弱体化した複体」を修正・修復するために出会わせるもので良きチャンスだと捉え同じ失敗を何世も生まれ変わる度に繰り返してきたことから今世が最後のチャンスだと云うことです
このような出来事とは宇宙の修正プログラムでもありその力の正体は7次元の意思が「外在神」と云う形となって人間に働きかけて触発を行なっている行為です
この外在神とは主にユダヤ・キリスト教圏の父なる神(唯一絶対神=一神教神)と同一の意思です
この一神教神は外在神として顕現世界を通して人間に「試練」を与える神でもありその試練を無事に乗り越えることで魂は成長し目覚め覚醒します
古神道の神とは「内在神」として神本来の真を吾が内に見出すよう働きかける神です
同じ7次元の意思でも人間の内奥から入ってくる場合と顕現世界を通じて人間に働きかける場合とがあります
現代社会では外在神と内在神の働きかけにより人間の中に宿る複体の修正・修復プログラムを執り行っている最中であると云うことです

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「カゴメの原理」

カゴメとはヘキサグラムを象った六角形でありこれらは鏡で出来た万華鏡の世界に閉じ込められた哀れな人類を唄で表現してます
仏教では「六道輪廻」と云い地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天界(有頂天=自分のみの幸福)の六つでありおおよそ人間世界とは最悪の地獄から果ては有頂天まで上がったり下がったりして一向に止まることを知らず六つの世界をグルグルと輪廻し続けてます
釈迦は「六道」から解脱を仏教の教えとしてこれを説きました
外在神と内在神の働きかけにより過去と同じ失敗を繰り返えさないように今世が修正・修復する最後の機会であり問題のある複体によって引き寄せられた縁のある同類魂がカゴメの輪を形成していて7次元の宇宙神が外在神と内在神と云う形をとって我々の前に進化のきっかけを投げかけてます

伊勢神宮「外宮」「内宮」はその下位構造として祭られたものでありその働きとは大和(ヤマト)より神の元で大いなる輪=カゴメの輪を実現する精神として日本民族の使命が与えられたものあり様々な人間模様をつくりカゴメの輪に加わった一人ひとりは自己の鏡として様々な局面に位置づけられた同朋であり他人を通して悩む問題はそのまま自身の「複体」を修正・修復するヒントとして問題解決の鍵が隠されてます

カゴメの原理とは試練として神から与えれた問題点を解くことであり自己との縁からある問題を含んだ相手も実はもう一方の自己の鏡として同じ位置にあり悩み苦しむことそれ自体に何かを氣付くヒントとしての「鍵」が含まれていると云うことです
六道とは籠の中の鳥の状態であり外の世界に出て自由に羽ばたくことが出来ない閉鎖的な空間に押し込められているさまを示していておぼつかない者のことを「雛=ひよっ子」と云います
本来人間とは太古の時代に神と共にあった頃には宇宙との交信ができどんな次元にでも自由に羽ばたくことができました
時が経ち次第に自己にこだわるがあまり自由に羽ばたく能力を失ってしまったと神話でも語られてます
人間本来の姿を神は「火の鳥=鳳凰=太陽の鳥」に喩えられ今世の飛べなくなった人間のことを「鶏」に喩えました
鶏は大昔に飛ぶことが出来た鳳凰のなれの果ての哀れな姿でもあります

カゴメ唄とは過去からこの時期のために用意され降ろされた神仕組みであり「夜明けの晩」とは陰極まって陽に転じる直前の真っ暗闇に覆われた世界(暗夜)を意味していて子宮内の胎児が今まさに産まれ出る直前の状態を云います
「鶴と亀が滑った(統べった)」とは「鶴」は飛翔の象徴であり「亀」は潜伏の象徴です
飛翔の象徴である鶴とは未来志向として前向きに希望に満ち生命力溢れて生きる生き方であり潜伏の象徴である亀とは過去への回想を通して潜在的に内省する生き方です
同時に失った能力を取り戻す超過去の自分像でもあり両者はつまるところ同じ円環的時間に辿り着きます
両者が交叉し出会う地点とはすなわち時間の円環的法則が完了する地点(マヤ暦の時間の終わり)でもありそれが即ち「後ろの正面」として人類が外宇宙に出産する時と云うことです

自己像に氣がつくこと想い出すことが重要でありその意味からカゴメ唄遊びで鬼である子供は目をふさぎ後ろの正面である真の自己を必死に想い出そうとして悩んでいる姿を象ってます
高次の意識(ハイヤー・セルフ)とは同時に無限過去へと遡ることで親・先祖を辿り遂に人間の創造以前の宇宙神と合一している地点にまで辿り着きこれらは円環的時間のパラドックスを垣間みます

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「鶴と亀の文化」

鶴=ヤマト民族とは祭り=飛翔の文化であり快活な生を謳歌して祭りの衣装である(白装束)に身を包み生を存分に表現してます
亀=ユダヤ民族とは人間は原罪を背負って生まれてきたことを前提に嘆きの壁に向かってひたすら贖い=潜伏の祈りを捧げユダヤ民族の衣装も(黒装束)に身を包み死を象徴してます

亀であるユダヤ民族(イスラエル)の国旗には亀甲模様である六角形の図形を象徴してます
ヤマト民族(日本)の国旗は白地に赤であり鶴も頭に赤い斑点があり全身白い羽で覆われている白地に赤です

日ユ同祖論=ヤマトとユダヤは合せ鏡

古くから天地の和合の象徴とされその結びの結果において新しい時代の子供が産まれ出る仕組みが隠されてます
出産時の胎児は母体から見て頭を下に向け螺旋状に降りてきます
そして胎児から見ると降りる方向とはまさしく「後ろの正面」と云うことです

神社の構造も鳥居の門をくぐると参道(産道)がありその先には本殿としてのお宮(子ノ宮)に行き着きそのお宮の中には御神体である「御鏡」が据え付けられています
カゴメの原理とは産まれ出るための原理であり神社を参拝する通常のルートとは逆のルートを辿る構造です
問題を含んだ相手とはもう一方の自己の複体として位置づけられていてその間に御鏡が存在してます
そしてそれを取り囲むカゴメの輪とは母体としての「本殿=御宮=子宮」に喩えられていてその中で胎児はうずくまり悩むと云うことです
「後ろの正面が誰か」と云う問いに対し悩みつつも心の御鏡を通して見るものと見れられるものの観察が行き来すると云うことです
鶴と亀とは鏡を挟んで異なった時間の矢が相互に交叉し(すべる)その結果において自己の修正すべき問題点に氣がつき同時に過去に失った神である真の自己を見出すことに成功すると云うことです

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出産のための産道(参道)を通り外の世界に出るための扉=門が開かれその門のことを「鳥居の門」と云い文字通り「鳥が居る門」と書きます
超未来と超過去または生と死とは極限の地点まで来るとその二つを超越して「永遠性」と云う名の存在に変貌します
伝説として語られている「火の鳥」「不死鳥」はそのような存在であり宇宙を自由に羽ばたくことの出来る光り輝く実在です


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