「富士古文書(宮下文書)」


「古史古伝(こしこでん)」
日本の古代史で主要資料とされている記紀(古事記・日本書紀)とは著しく異なる内容歴史を伝える文献を一括して示す名称であり種類が多く超古代文献・超古代文書とも云います

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「富士古文書(宮下文書)」
山梨県富士吉田市明見周辺にて発見された古文書群であり宮下源兵衛氏の保管するものが最も多く「宮下文書」と云われてます
静岡県富士吉田市で発見された古文書の総称で「藤子文書」とも呼ばれ数多い古文書のうち神代から太古史に至る部分は不老不死の秘薬を求めて富士に渡来・定着した徐福一行が子孫七代に渡って編纂したものであると云われ古文書は小室浅間神宮(阿祖山太神宮)の宝物として保管され大宮司宮下氏が代々これを守っていると云われてます
本来は相模寒川神社に伝わったが寒川神社は鎌倉時代に洪水で流失してこの時に古文書も失われましたが宮下家の祖父が書写していたものが残ったと伝えられてます

宮下文書は秦の始皇帝の命で蓬萊山にあると云う不老不死の妙薬を求めて東の海に船出したとされる除福が日本の富士山麓に住み着きそこで聞いた古代日本史を漢文で記録してその後に天智天皇時代に日本語の読み下し分として残したと云われてます
記紀にある高天原は富士山を云いここに長寿の人々が住み6000年前から古代王朝を営んでいたと伝えられてます
記紀に降臨した天孫ニニギの妻となるコノハナサクヤヒメが富士の火口に飛び込みその守り神となったと云われ西暦800年の富士山の大噴火によりこの王朝は滅びたと伝えられてます

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「阿祖山太神宮」
富士山の北麓である山梨県富士吉田市明見地区に実在していた日本最古の神宮(天皇・皇室の祖先神を祀る神社)であり日本と世界再生のシンボルである富士山の正式な太神宮です
日本国の天皇の歴史は初代神武天皇から始まっていますがこの阿祖山太神宮はそれ以前の歴史に実在していた神宮でありそれは神武天皇以前にも天皇が存在しておりその天皇が存在していたことはそこには都市となる都(みやこ)が存在していたことを意味してます
その都とは太古の昔より富士山麓に栄えていた「富士王朝」でありこの富士吉田市明見地区とは富士王」が栄えた「大天津神様」の大元の地であり「不二高天原」として永く繁栄してきた地域です
これらの真実の歴史がすべて記されているのが最古で真実の文献の宮下文書(富士古文書)です

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宮下文書にはかつて富士山麓には首都があったことやその中枢となる最古の神社「阿祖山太神宮」の存在や古代天皇や古代神々もすべて実在した人物として記されていて不二高天原において古代神々や古代天皇が即位していたことなどが正確に記されてます
富士山麓は人類創世の歴史が始まったところであり2000年・3000年前から10万~180万年前にまで遡る人類の歴史が記されていると伝えられてます
阿祖山太神宮の再建は過去に聖徳太子や源頼朝が関わりましたがすべて失敗に終わった伝えられてます

「阿祖山太神宮」
主祭神
元主一大御神
御親元主国万造主国常立大御神

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大本教「国常立神」
出口王仁三郎氏による宮下文書を読み取ったところから始まったと伝えられてます
古神道で云う伊勢「天照大御神」を超える日本一の富士山の神「国常立神」の原型がここにあります

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宮下文書に記されている富士五湖の古代の姿とは山中湖と忍野八海が一つになり宇宙湖に本栖湖・精進湖・西湖・河口湖は一つになり「せ之湖」となり甲府盆地が水没し「底之湖」になったと伝えられてます

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富士山には男性・女性両方のエネルギーが入っていると云われてます
男性エネルギーは富士山から北海道の阿寒湖から抜けて天界へ
女性エネルギーは熊本の阿蘇山から抜けて天界へ

ここ最近の富士山のマグマ溜まりの圧力が高まっていて最後に噴火した1707年の数値より高くなってきていると云われてます
最新の計測では圧力は噴火の引き金となる0・1メガパスカルより大きい数値を示していると云われてます

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数霊「100」
完璧な・完全なと云う数霊

フ=28
ジ=60
サ=11
ン=1
総和100

(天之)御中主
月読(尊)
なども総和100の数霊になります


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