「生命の展開」


生命とは
永久に存続するもので過去・現在・未来にわたって生きているものであり生命は絶対不変無始無終にして神の分霊分身であり永遠にわたって不老不死です

人は地上の誰人とも約束なく神(霊)の摂理によって生まれるべき処と時を得て生まれたまでであり愛着・悲惨・苦痛・快感などは本来なく喜怒哀楽・愛悪慾の情などは肉感的一衝動に過ぎないものです

これだと思って掴んでいるモノはそうして掴んでいる現在がすでに過去となり未来とは遠いように感じている間に現在として展開するものです
春夏秋冬・大宇宙・大自然は規則正しく永遠に展開し人の生命も愛着・悲惨・苦痛・快感などと永遠に展開してます

人の世の中で現実感ほど悲哀なものはなくあの仕事をしたい・この望みを達したい・明日が来たら・明後日が来たら・来春は・来年はなどと指おり数え・待ち・引き寄せるように色々な欲求を追い求め心の底に一脈の喜びを潜めそれらを待つ刻一刻にその人の生命は幻滅へと近づいていくものです

現実の自己の欲求を遂げんとするために多くの人は多大なる自己犠牲をはらいつつ迷路に進みその行程から多大なる不幸と不安を生じさせてます
人が生命を絶対不断の無限の生命として見出し永久に生きることを悟ったときに初めて眼前に展開されるものはすべて試練であり修養でありそのすべてが教訓であることが覚り得られるものです

眼前に展開されるさまざまな試練や修養とは時が過ぎて振り返り思い出した時に初めて追憶となり教訓となり美しき過去として省みることができるものです

過去の悲惨なりし歴史も・甘かりし恋路も・得意も失敗も幻のごとく一種の愉快さを覚ゆるものです
過去から現在・未来へと永遠無窮に生命が受け継がれ継続され天国の果てなき国へと進み進んでいくことが永遠無窮不老不死の生命であり霊肉脱離の関門はあっても霊体(魂)そのものは決して滅亡しないものです

現実界における善悪の応報は自身の霊体(魂)に反響し染みついて永遠に離れないものです
故に神の子である神の生き宮を持ち人(霊止)でいるこの現実界において善を云い・善を思い・善を行ない宇宙創造主を愛し主一無適の信仰に生き永遠無窮の安楽国を自ら開拓していく信仰心から霊体(魂)が純粋無垢へと磨かれていくものです


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