「五種類の肌の色をもつ人類」


「天地創造の神話と人類の起源」
天と地の始まりにおいて陰と陽は離れておらず混沌とした卵のような形をした塊でありました
天と地は別れ葦芽(あしかび)のようなものが成長してそれらは一つになりました
葦芽(あしかび)は国常立尊(くにとこたちのみこと)と云う神に変わりその神は永遠の大地をつくりました

6代後に最初の男性であるイザナギがそして最初の女性であるイザナミが自然界に生まれました
彼等は地に降りて日本列島や神々を生みました
イザナミは火を生む過程で死んでイザナギは彼女の後をついていき暗黒と死と腐敗の国へと入り彼は「恐ろしくて汚らしい場所に入ってしまった これらの穢れを取り除かなければならない」彼が脱ぎ捨てた服や洗い流した体の一部からはまったく新しい世代の神々が顕われその中にイザナギの左の目から生まれた天照(あまてらす)右の目から生まれた月の神がありそれらの神はまた新たな神々を生み出しました

その後日本の最初の天皇である神武天皇の父であるニニギ(天照の孫)が生まれました

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日本列島(地球の中心に位置する)の民がその他の人類よりも神と深い関係を持っていると云われてます
レムリアは日本から南方のイースター島や東のハワイまで広がる大きな大陸だったと云われ東から西まで5000マイル程あり北から南までは3000マイルあったと云われてます

ス神が人類の創造のために使った霊的ひながたを最初につくり上げた場所はレムリアであり古代日本であったと云われてます
色々な役割を満たさせるために最初の人類は5種類の色「黄・赤・白・青緑・紫」でつくられました
五つの起源である人種すなわち黄色を主とする五色人(ごしきじん)が日本人です

古代日本は全地球を統治する高度な文明を持った場所であり人類と通信をするためにス神はその子孫であるスメラミコトを日本人全体を統治する皇帝あるいは聖職者として派遣して人々が使う2400種類の文字が開発されこれらの神代文字(かみよもじ・しんだいもじ)は今日使われているあらゆる表意文字・音節文字・アルファベットの起源になったと云われてます
人類のすべての言語は日本に起源があると云われてます

スメラミコトは広範囲にわたる帝国を統治するために日本の15人の皇子と1人の皇女を世界の色々な場所に派遣しその中でも最も優れた者たちにはメソポタミア・エジプト・インド・インカおよびカナダ帝国の古代文明へ託されたと云われてます
これら皇族(神)は狩猟や漁業・造船・機織・紙の製造などを人類に初めて教えたと云われてます

エジプトにおいては日本皇子であるツタンカーメンのシンボルは日本皇室のシンボルでもあり菊のマークがピラミッドの中にたくさんの日本の遺物とともに発見されていると云われこれらのピラミッドはツタンカーメンが日本の直系の子孫であることを称えるために建てられたモニュメントでありピラミッドは最初は日本に建てられたと云われてます
ピラミッドは日来霊堂(ピラミドウ)と書き日本古代の名はヤマトでありそれはピラミッドの頂点の国と云う意味になると云われてます

(1)日本は地球上で最も古い国です
(2)日本はかつて人類の霊的中心であり将来再び中心になると云われてます
(3)最初の人類は5種類の色「黄・赤・白・青緑・紫」に分けて古代日本において創造されました
(4)古代日本は全世界を統治する高度な文明を持った場所でありました
(5)ス神は彼の子孫であるスメラミコトを皇帝かつ最高位の聖職者としてこの地上を統治させるために派遣されました
(6)人類のすべての言語と文字は古代日本に起源があると云われてます
(7)スメラミコトは日本の15人の皇子と1人の皇女を世界各地へ派遣しました
(8)古代日本の名はヤマトでありピラミッドの頂点の国と云う意味であり「ニホン」と云う名の意味は霊の元つ国(ひのもとつくに)/太陽の起源の国/陽霊の起源の国/霊の起源の国と云う意味です
(9)ツタンカーメンは日本皇子でありエジプトのピラミッドは日本皇室を称えるために建てられたと云われてます

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レムリアの住人は最初は天国の王と呼ばれる一人の神を崇拝していましたがその本当の名前を使わなくなり単に神(かみ)とかゴッドとか云うようになり石でできた天井のない寺院がこの神とそのシンボルである太陽を崇拝するために建てられました
菊の紋・ピラミッド・太陽に加えて古代日本の公式なシンボルとして十字架・蛇・スワスチカ(宇宙の秩序をあらわす)3つの角のある王冠が使われ海外に移住した人々によって世界中に運ばれたレムリアの文献はポリネシアの伝説・中国の文献・プラトンの著作に旧約聖書ではゾロアスター教の経典であるゼンド-アベスタを日本皇子であるモーゼがヘブライ語に翻訳したものです

モーゼは日本第94代天皇の命を受けユダヤ王としての立場で日本を訪れ茨城県にある皇祖皇太(こうそこうたい)神宮はモーゼが十戒を刻んだ石が保存されていると云われてます
皇祖皇太(こうそこうたい)神宮が所有する文献「竹内文献」によるとイエスキリストは18歳の時に日本へ来て苦行を行ない23歳の時に垂仁(すいにん)天皇から王の印をもらい自分の国へ帰っていったと云われ神社にある絵には3つの菊の御紋が正面に刺繍されたローブを身にまとうイエスが描かれていると云われてます
イエスはイスラエルに戻りトラブルに巻き込まれて磔にあうところをかろうじて逃れ彼の弟が代わりに処刑され逃避行の後にイエスは日本に帰り118歳で死んだと云われてます

マリアとヨセフの骨からイエスがつくった像が神社に今でも保管されていると云われてます
ヘブライ人は枝(えだ)と呼ばれる人々でありその言葉からユダヤという言葉ができたと云われてます
イスラエルと云う言葉は五十鈴(いすず)の訛ったものであり「五十鈴」とは日本の三重県にある伊勢神宮の中を通って流れている神聖な川の名前でかつて何人かのユダヤ人が日本に戻ってきたときに日本の指導者たちは彼等がその地方の居住者と結婚するのを禁じたとも云われてます

ブッダは52歳で日本を訪れス神に教え導かれブッダの教えは「かんながらの道」を起源とされていると云われてます

(10)旧約聖書はゾロアスター教の経典ゼンドアベスタを日本皇子であるモーゼがヘブライ語に翻訳したものです
(11)モーゼは日本の第94代天皇によってユダヤの王に命ぜられました
(12)十戒は日本に起源をもっています
(13)ヘブライ語は日本天皇からユダヤ人への贈り物です
(14)垂仁(すいにん)天皇はイエス・キリストをユダヤの王とされました
(15)イエスは十字架の上で死んだのではなく彼は十字架の上で死んだ弟をいつも賛美しイエスは日本へ帰り118歳で亡くなりました
(16)ユダヤという名前は日本語の枝(えだ)に起源をもちイスラエルと云う名前も五十鈴(いすず)と云う日本の三重県にある伊勢神宮内を流れる聖なる川の名に由来します
(17)日本で差別を受けている人々はもともとは日本へ移住してきたユダヤ人です
(18)モハメッド・孔子・孟子・老子・ブッダも日本を訪れました
(19)すべてのアメリカインディアンは日本人を祖先に持ってります
(20)エデンの園は日本で発見されました
(21)中国は仏教を広めるために日本の多くの宝物を破壊しました

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レムリアの住人は傲慢になり物質主義に陥り存在の欲や物質の面を司る月の神が優勢となって核戦争が起こったと云われてます
水爆をも用いた大規模で悲惨な戦争でさらに金星やその他の惑星の霊たちとこの世の肉身をもった人類との間の戦争が起こりその戦いに敗北した霊の系統の者たちは霊的に非常に強い恨みを現在の人類に対して持つようになり現在の人間に憑依している霊の多数はそのような霊たちであると云われてます

神の力を以ってしても憑依霊が人々の身体から長い間離れないこともあり現実の人間の歴史の中で勝ったり負けたりしてきた霊の系統間の争いが今この現在まで続いています

現代の強い憎しみと恨みを持った霊たちが現在の人間が幸せな世界を建設するのを邪魔するために一致団結して霊たちは組織的に行動を起こしそのような霊たちはまた他の惑星からの霊たちまでもを今日の人類の中に紛れ込んで人類の中に転生してきていると云われてます
五種類の肌の色をもつ我々人類はかつての神の時代の状態に戻ることが今必要だと云われてます

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朕(明治天皇)がおもうに我が御先祖の方々が国をお肇(はじ)めになったことは極めて広遠であり徳をお立てになったことは極めて深く厚くあらせられ又我が臣民はよく忠にはげみよく孝をつくし国中のすべての者が皆心を一にして代々美風をつくりあげて来た
これは我が国柄の精髄であって教育の基づくところもまた実にここにある
汝(なんじ)臣民は父母に孝をつくし兄弟姉妹仲よくし夫婦互に睦(むつ)び合い朋友互に信義を以て交りヘりくだって気随(きずい:自分の思うまま)気侭(きまま:他人に気がねなく自分の思い通り)の振舞をせず人々に対して慈愛を及ぼすようにし学問を修め業務を習って知識才能を養い善良有為の人物となり進んで公共の利益を広め世のためになる仕事をおこし常に皇室典範並びに憲法を始め諸々の法令を尊重遵守し万一危急の大事が起ったならば大義に基づいて勇気をふるい一身を捧(ささ)けて皇室国家の為につくせ
かくして神勅のまにまに天地と共に窮(かぎ)りなき宝祚(あつまひつぎ)の御栄(天皇陛下の御運勢)をたすけ奉(たてまつ)れ
かようにすることはただに朕に対して忠良な臣民であるばかりでなくそれがとりもなおさず汝らの祖先ののこした美風をはっきりあらわすことになる
ここに示した道は実に我が御祖先のおのこしになった御訓であって皇祖皇宗の子孫たる者及び臣民たる者が共々にしたがい守るべきところである
この道は古今を貫ぬいて永久に間違いがなく又我が国はもとより外国でとり用いても正しい道である
朕は汝臣民と一緒にこの道を太切に守って皆この道を体得実践することを切に望む
明治23年(1890年)10月30日


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