「人(霊止)還りの道」213編


胎児とは母体の暗黒な胞衣の中で平和な生活を続け約十ケ月の後の生まれべき時が充つれば母体を離れて現界へ生まれなくてはなりません
人(霊止)もまた天国へ復活すべき時が充つれば如何なる方法にても死と云ふ一つの関門を越えて霊界に復活せなくてはなりません

胎児は月充ちて胞衣と云ふ一つの死骸を遺して生まれます
人(霊止)もまた肉体と云ふ死骸を遺して霊界へ復活すなはち生まれます
それゆゑに真神の方から見ればすべて生き通しであり死と云ふことは皆無です

天国へ復活する人(霊止)はただただ形骸を自己の霊魂が分離した時の状態を死と称し天人に生まれし時の胞衣ともたとへられます
胎児の生まるる時の苦しみあるごとく自己の霊魂が肉体から分離する時にもやはり相当の苦しみがありますがその間はきはめて短いものです

根底の国へ落ちて行く人間(ジンカン)の霊魂は非常な苦しみを受けます
ちやうど難産のやうなものであり産児の苦痛以上であり中には死産といつて死んで生まれる胎児のやうに最早浮かぶ瀬がない無限苦の地獄へ落とされます

人(霊止)は未来の世界のあることが判らねば真の道義を行ふことが出来ません
神幽現三界を通じて善悪正邪勤怠の応報が厳然としてあると云ふことを覚らなければ人生の本分はどうしても尽くされないものです

天国に住める天人は地上を去つて天国へ昇り来たるべき人(霊止)を非常に歓迎し種々の音楽などを奏して待つてゐます
天国を霊魂の故郷とも曰ひます

真神すなはち主なる神は人(霊止)の地上において善く発達し完全なる天人となつて天国へ昇り来たり天国の住民となつて霊的神業に参加することを非常に歓び玉ひます
天国の天人もまた人(霊止)が完全な霊体となつて天国へ昇り来たり天人の仲間に成ることを大変に歓迎します
それはまるで養魚家が大池に鯉の児を一万尾放養してその鯉児が一尾も残らず生育してくれるのを待つて喜び楽しんでゐるやうなものです

養魚家が一万尾も放養した鯉児が一定の年月を経て調べて見るとその鯉の発育悪しく満足に発育を遂げたものが百分の一に減じてその他は残らず死滅したり悪人に捕獲されて養魚家の手の返らないとしたらその養魚家は失望短絡は思ひやらるるます
養魚家はただ物質的の収益を計るためでありますが真神の愛の慾望とは到底物質的の慾望に比ぶることは出来ません

人(霊止)はどこまでも真神すなはち主なる神を信じ愛し善の行為を励みその霊魂なる本体をして完全なる発達を遂げしめて天津神の御許へ真神の大御宝として還り得るやうに努力せなくては人生の本分を全うすることが出来ないのみならず真神の最も忌みたまふ根底の国へ自ら落ち行かねばならぬやうになります

・・・「人(霊止)還りの道」214編へつづく


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