「人(霊止)還りの道」208編


宇宙間においては一物といへども決して失はるることもなくまた一物も静止してゐるものはありません
それゆゑ輪廻転生すなはち再生とはありうべきものです

しかし生前の記憶や意志が滅亡した後にやはり個人といふものが再生して行くとすれば自分が自分であるといふことを知らずに再生するものならば再生せないも同じことであると言ふ人がおりますがこれは実にもつともな言い分です

すべて人の意志や情動なるものはどこまでも朽ちはてないものである以上は霊魂不滅の上からみても記憶や意志をもつて天国へ行くものです
しかし現界へ再生する時は一旦その肉体が弱小となるをもつて容易にその記憶を喚起することは出来ません
これは記憶してゐても何の益するところなきのみならず種々の人の人生上において弊害がともなふからです
それゆゑに天国にては再生とは云はず復活と云ひます

科学的の交霊論者とは人霊の憑依せし情況や死後の世界について種々と論弁を試みてゐるのは全然無用の業ではありません
然しながら彼らの徒は最初と最後のこの二つの謎の間に板挟みの姿でそのいふところを知らない有様です
彼らはホンの少時間において時間といふものを最早数へることのできぬ世界へホンの一足ばかり死者の跡をつけて行くだけであつて闇黒の中でそのまま茫然としてその行衛を失つてしまつてゐます
そして彼らに対して宇宙の神秘や真相を闡明せよとい言つたところでたうていダメであり宇宙の神秘や真相はたうてい二言や三言で現代人の脳裡に入るものではありません

仮に本当に物語つたとしてもたうてい人間の頭脳には入り切れるものではなく人間の分際としてはいかなる聖人も賢哲も決して天国や霊界の秘密や真相を握ることは不可能です
この秘密や真相とは宇宙それ自身のごとく無限で絶対で不可測で窮極するところのないものだからです

死者がやはり霊界で生きてゐるならば彼らは何らかの方法を用ゐてなりと我々に教へてくれさうなものだと言ふ人がいます
これは死者が我々に話しをすることが出来る時分には死者の方において何も我々に報告すべき材料を持つてをらず死者が何か話すべきほどの事柄を知り得た時分には死者はもはや我々と交通のできない天国へ上つて永久に我々と懸け離れてしまつてゐるからです

理想的
人の少なき
世の中は
不徹底なる
宗教に迷ふ

私の
慾望なくば
人皆は
心痛むる
災いは無し

心安く
楽しみ多き
世の中を
苦しみもがくは
神知らぬ曲

天の下
公共のために
身を竭す人は
誠の善神
なりけり

人慾の
ために力を
尽くす人は
悪魔の神の
鏡とぞなる

隠せども
隠し得ざるは
人心
声に現はれ
顔に映りて

一善を
為さざりし日は
何となく
心の不快を
感ずるものなり

千早振る
神より出でし
智慧なれば
闇路行くとも
過つことなし

目的と
主義の貫徹を
望みなば
先づ実行を
第一とせよ

・・・「人(霊止)還りの道」209編へつづく


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