「人(霊止)還りの道」686編


凡て高天原に昇るものは小乗を聞いて直ちに神霊界の消息を感知し得る神的知識者である
現界にあつて学者と謂はるる人々も神的知識なるものを欠く時は決して神霊界を窺ふことは出来ない

凡て大乗教義なるものは上根者・神司などの所業の教理であつて一般学者の到底感得し能はざる神秘である

<七大乗>
法大
心大
解大
浄大
荘厳大
時大
具足大

大乗とは七大乗なる大神に選まれたる神知識の所有者でなければ到底今日勃興しつつある学者の科学的研究態度にてはたとへ数百年を経るともその真相を究むることは不可能事である
大神を信ぜずその存在を認めず大神を愛せざるものは決して大乗の関門さへも窺ふことは許されない

而して大乗は歯に合はず小乗は馬鹿にして耳を傾けず暗中模索の境涯に迷ふものは科学本能主義の学者の通常たどるところの径路である
之を神諭には「途中の鼻高」と称へられてゐる

大神を外にして霊界を知らむと如何に焦慮するとも決して無量義処(アナンタニルデーシヤ・ブラテスターナ)に達することは出来ない
五濁を清め去り清浄無垢なる赤子の心境に立ちて初めて神霊界の真義に歩を向くることが出来るものである

<五濁>
劫濁(カルバシヤーヤ)
煩悩濁(クレーシヤガシヤーヤ)
衆生濁(サツドワカシヤーヤ)
見濁(ドルスチカシヤーヤ)
命濁(アーユシカシヤーヤ)

五濁を除去し以て凡て向かふ時は神命垂示の大通智勝(マハービジニヤーナーヒアー)を感受し大荘厳(マハービユーバ)の神理を味はひ神霊の宝音(ワトナーヴ・バーザ)に接し無等々正覚を得て人生の本分を全うし不老不死なる高天原の生涯を生きながら楽しむことが出来るのである

・・・「人(霊止)還りの道」687編へつづく


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