「人(霊止)還りの道」672編


その方の姓名は何と申すか

ハイ
私は鰐口曲冬と申します

その方は何か信仰をもつてゐるか

ハイ
別にこれといふ信仰もございませぬが
神儒仏三教を少しばかり噛つてをります

その中でも何教が一番お前の心に適したか
いな徹底してゐたと考へたか

ハイ
初めは一生懸命に仏教を研究いたしました
さうしたところが何処に一つ拠るとこがないので止めましてございます
要するに仏教は百合根のやうなもので
一枚一枚皮を剥いて奥深く進みますと
何にも無くなつてしまひます
いはゆる仏教は無だと思ひます
能書ばかり沢山並べ立て
まるで薬屋の広告見たやうなものですからな
売薬の広告ならば
この薬は腹痛とか
疝氣とか
肺病に用ゆべし
また日に何回服用とか
湯で飲めとか
水にて飲めとか
食前がよいとか
食後がよいとか
大人ならば何粒
小人ならば何粒
何才以下は何粒
と御丁寧に服用書が附いてゐますが
仏教の経典はただ観音を念じたら悪事災難を逃れるとか
阿弥陀を念じたら極楽にやると書いてあるのみで
八万四千の経巻もどこにもその用法が示してないので駄目だと思ひました

お前は霊界の消息を洩らしたる仏教に対し尊敬帰依の心を捨て
なまじひに研究などと申してかかるから
何にもつかめないのだ
霊界の幽遠微妙なる真理が
物質界の法則を基礎として幾万年研究するとも解決のつく道理がない
しばらく理智を捨て
意志を専らとして研究すれば
神の愛
仏の善
および信と真との光明がさして来るのだ
仏教がつまらないなどと感ずるのは
いはゆるお前の精神がつまらないからだ
仏の清きお姿がお前の曇つた鏡に映らないからだ

さう承れば
さうかも知れませぬが
どうも分り難うございます

人間の分際として仏の御精神を理解しようするのが間違ひだ
仏は慈悲そのものだ
至仁至愛の意味が分れば一切の経文が分つたのだ


さうでございましたか
それは
えらい考へ違ひをしてをりました
これから一つ研究をやつてみませう

駄目だ
二つ目には研究研究と口癖のやうに申すが
お前のいふ研究は犬に灸だ
ワンワン吠え猛るばかりが能だ
止めたらよからう
左様な心理状態ではたうてい仏の御心は悟ることは出来ない
それから次は何を信仰したのだ

ハイ
別に信仰はいたしませぬが
ヤハリ聖書を研究したしました

旧約か
新約か

もちろん
旧約でございます

何か得るところがあつたか

ハイ
売るところも買ふところもございませぬ
これもヤツパリ私の性に合ひませぬので五里霧中にさまよふところに
或人の勧めよつて三五の教に入つて
かなり真面目に研究してみたところ
どうも変性女子の言行が氣に喰はないので
弊履を棄つるごとく脱会し
いまは懺悔生活に入つてをります

その方は直接に三五の教の教示を受けながら
分らぬとはさても困つた盲だな
やつぱり研究的態度をもつてかかつてをるからだ
結構な神の教を筆写しながら
ホンの機械に使はれたやうなものだ
さうして幾分か信ずるところがあつたのか

ハイ
変性女子の方は幾分か信じてをりましたが
しかしこれはいい加減なペテンだと考へてをりました
それよりも変性男子の神諭に重きをおいてをつたところ
その原書を見てあんまり文章の拙劣なのに愛想をつかし
信仰が次第に剥げてしまひました

馬鹿だな
神の教は文章の巧拙によるものでないぞ
文章なんかは枝葉の問題だ
その言葉の中に包含する密意を味はふのだ
目はあれども節穴同然
耳はあれども木耳同然
舌はあれども数の子同然
鼻はあれども節瘤同然
そんなことで三五の教が善いの悪いの
変性男子がどうの
変性女子がどうの
といふ資格があるか
よくも慢心したものだのう

別に慢心はしてをりませぬ
世界の人間に宣り伝へようと思へば
信仰も信仰ですが充分研究を遂げ
これなら社会に施して差支へないといふところまで調べ上げねば
社会に毒害を流しますからな
いはば社会のために忠実なる研究ですよ

お前はまだ我執我見がとれぬからいけない
異見外道
自然外道
断見外道
といふものだ
そんな態度ではどこまでも神様は真理を悟らして下さらぬぞ
神様は愚かなるもの
弱きもの
小さきものをして誠の道を諭させ玉ふのだ
決して研究的態度を採るやうな慢心者には
密意はお示しなさらぬ
お前は大学を卒業して
ひとかど学者のつもりでゐるが
その学問は八衢や地獄では一文の価値もない
いや却つて妨げとなり苦悩の因となるものだ
お前の両親も困つた事をしたものだな

お前は門番のくせに文士に向かつて偉さうにいひますが
日進月歩
文明の世の中に
学を排斥するとは以ての外ぢやありませぬか
国民が残らず無学者であつたなら
みな外の文明国に奪られてしまふぢやありませぬか
人文の発達を図り
国威の宣揚を企図するためには
どうしても大学程度の学問がなければ駄目ですよ
お前はわづか小学を卒業したくらゐだから
世間の事に徹底してゐない
それだからポリス代用の門衛をしてゐるのだ
到底拙者の論説に楯突くことは出来ますまい
何科あつて調べらるるか知らぬが
もつと確りした分る方を呼んで来て下さい
知識の段階が違うてるから
お前さまには分りますまい

馬鹿をいふな
ここは霊界の八衢だ
博士もが学士もみな出て来るところだ
無学でどうしてこの門番が勤まるか
お前たちは自然界の下らぬ学説に心身を蕩かし
虚偽をもつて真理となし
優勝劣敗・弱肉強食の制度をもつて最善の方法と考へてる亡者だから
到底真理の蘊奥は分らないのだ
お前のやうなものが霊界へ来ると訳の分らぬ理窟をいつて精霊を汚すから
ここで現界で研究して来た下らぬ学術をみな剥奪してやらう

コレ
お前は発狂してるのか
ただしは酒に酔うてゐるのかい
ここを霊界の八衢だなどと
それは何をいふのかい
霊界や八衢や地獄があつて堪りますかい
人間は子孫を残して死ねば
それまでのものだ
チツと哲学的知識を養うておきなさい
社会の落伍者となつて遂に門番も勤まらなくなりますよ

門番が
それほど
その方は賤しいと思ふのか
便所の掃除や塵捨場の掃除はどうだ
それの方がやつぱり尊いのか

さうですとも
大慈大悲の心をもつて人の嫌がる事を喜んでするのが
人間の人格を向上する所以です
便所の掃除する者や塵の掃除のする者がなければ
世の中は尿糞塵の泥濘混濁世界となるぢやありませぬか
それで私たちは伊吹戸主の神様の御用をしてゐるのだ
汚いものを美しうするくらゐ神聖な仕事はありますまい
私は賤しい仕事とも汚い商売とも思つてをりませぬ

アゝ
さうか
それではお前の最も愛するところへやつてやらう
地獄には塵捨場もあれば
堆糞の塚もある
娑婆の亡者がやつて来て
腐肉に蠅が集るやうに喜んで嗅いでゐる
現世にある時の所主の愛によつて
身魂相応の処に行つたがよからう
夜もなく冬もなき天国において
すべて大神の御用に仕へまつり無限の歓喜に浴するよりも
その方は臭氣紛々たる地獄道へ行くのが得心だらう
サア遠慮は要らぬ
トツトと行つたがよからうぞ

はてな
さうすると此処はやつぱり霊界ですかな

定つたことだ
霊界か現界か分らぬやうな亡者がどうなるものか
それだから心の盲といふのだ

しからばどうか天国へやつていただきたいものです

マアここである一定の時間を経なくては
お前のやうな汚れた魂はすぐに天国にやることは出来ない
まづ外部的要素をスツカリ取らなくてはならぬ
現世において心にもないことをいつたり
阿諛を使つたり
体をやつしたり
種々とやつて来たその外念をスツカリ取り外し第二の内部状態に入り
内的生涯の関門を越えるのだ
内的とは意志想念だ
はたしてその意志が善であり真であらば
天国へ上ることが出来るであらう
しかしながら内的状態になつてからエンゼルの教を聞き
その教が耳に這入るやうならば
天国へ行く資格が具備してるなり
どうしても耳に這入らねば地獄行きだ
これを第三状態といつて精霊の去就を決する時だ

ヘー
随分むつかしいものですな
やつぱり天国も地獄もあるものですかな

・・・「人(霊止)還りの道」673編へつづく


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