「人(霊止)還りの道」200編


人と現はれ出でし身はかならず復活するものぞ
そは神言と言霊の力に頼り得ればなり
言霊神語に神真(マコト)あり
神真に由りて復活し神をば覚り得るものぞ

事物の道理に通暁せる世人は決して一人でも地獄根底へ行くために生まれ出でたる者は無し
ただ神界の経綸に仕ふるために生れし者ぞ
根底の国や地獄へと落ち行くものは自らの現世に犯せし罪過にて身を苦しむる者ぞかし
それゆゑ幼児嬰児は世の中に罪過を犯せしこともなく清浄の身魂ぞかし

不幸にして現界を他界し幼児嬰児はその父また母の善悪正邪にかかはらず信と不信の区別なくその死にあたりて救世神の摂受し給ふものなれば神界にても慇懃に一大薫陶を受くるなり

現界を他界し幼児嬰児は順序に従ひて教育せられ善と美に対する情動に浸染し真智を培ひ識を得つ
そののち知識と証覚と相ともなひて円満の域に進むに従ひてつひに神界へ導かれ天人神子となるものぞ

幼児嬰児の現界を去りて他界に到る時は依然と元の幼児嬰児なり
無識と無智のそのうちに清浄無垢のところあり
万事に対して可愛ことその生前と異らず
幼児嬰児は神界の天人となるべき資格能力の萌芽を自然に保有せり

すべての人の現し世を捨てて他界に入る時もまた生前と同一の状態なるぞ

他界に到る幼児は幼児の状態に嬰児は嬰児の状態に青年・成人・老人も現界同様の状態で中界に逍遥す
各自の人の状態が転変するは其の後ぞ

幼児嬰児の状態の他よりも優りしものあるは清浄無垢にて悪念の起こりしことなく実際のその生涯に悪業の根底を下ろさぬためしぞかし
清明無垢の幼児嬰児は神界一切の事物は心に植ゑ込まれ信の真と愛の善を受くべき器なればなり

他界における幼児嬰児のその状態は現界の小児に凡て超越す
物質的の形態を有するものは自身にて頑鈍なればその始めに受くるところの感覚と情緒は霊界よりで無く外界紀元を辿りゆく

ゆゑに現界の幼児嬰児等はいかに地上を歩まむかいかに動作を統制し言語を発することまでも学ばにやならぬ不便あり
その感覚に至りても眼や耳や口のごときそを開かむと焦慮してやうやく目的達成す

されど他界の幼児嬰児等はこれと全く相反し中界に在るゆゑに動作は悉く内分より来れば実習を待たずしてあるひは歩み且つ語る

神界の天人の言語は概して想中の諸概念にて調停されその情動より流れ出づ
これ現界と霊界の人の相違のある点ぞ

・・・「人(霊止)還りの道」201編へつづく

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