「人(霊止)還りの道」199編


霊界とは
神界・中界・幽界の三大境域を云います

神界
高天原・極楽浄土・天国

中界
天の八衢(中有の情態)・六道の辻(三途の川)・精霊界

幽界
根の国(底の国)・八万地獄・地獄

人(霊止)や人間(ジンカン)の死後ただちに到るべき境域は中界であり現界にありしときの行為の正邪により或は神界へ昇り或は幽界へ堕ち行きます

神界の情態とは
真と善と美の相和合せし時です
人の霊魂中に在るところの真・善・美と和合する時は人の死後ただちに中界から神界へ上ります

幽界の情態とは
邪悪と虚偽とが人間にありて合致せる時です
人間の霊魂中に在る邪悪と虚偽と合致したる時は人間の死後たちまち幽界に墜ちます

人や人間の死後に神界や幽界へ行くに先だつて何人も経過すべき状態を三途(サント)の状態と云います
三途の状態の第一は外分の状態であり第二は内分の状態であり第三は準備の状態です
この三途の状態を経過する境域が中界です

現界での肉体の生涯に在りし時において朋友・知己そして特に夫婦・兄弟・姉妹となりしものは真神の許可を得て中界において会談することができます
しかし中界において別れたる時は神界においても幽界においても再び相見ることも相識ることもできません
ただし同一の信仰・同一の愛・同一の性情にをつたものは神界において再び相見ることも相識ることもできます

中界に在る人霊はすこぶる多数です
中界とは一切のものの初めての会合所でありここに先づ霊魂を試験され準備さるるのです
そして人霊の中界に彷徨し居住する期間は必ずしも一定せず数日または数週日・数年間居る場合もあれば極善極真なる人霊はただちに神界に上り極邪極悪なる人霊はただちに幽界へ墜ちされど中界に三十年以上居るものはありません
これは現界にありし時の人霊の内外分に相応するが為です

中界において真神はただちにその霊魂の正邪を審判したまひます
神界へ赴く人霊は現界にありし時の人霊の内外分の主とするところの愛・善・真なるものが神界に加入してゐたからです
幽界へ赴く人霊は現界にありし時の人霊の内外分の主とするところの愛なるものが幽界に所属してゐたからです

ただちに神界に上り又は導かれるものは現界に在る時に神を知り神を信じ善道を履み行ひその霊魂は真神に復活して神界へ上る準備が早くできてゐる場合です
ただちに幽界へ墜ちるものは現界に在る時に善を表に標榜して内心は悪を包蔵するものすなはち自己の凶悪を装ひ人を欺くために善を利用した偽善者や不信仰にして真神の存在を認めなかつた場合は無限の永苦を受くることになります

神界に安住せむとして現界にて霊的生涯を送ることは非常に難事と信ずる者が居ます
そして更に世を捨てその身肉に属せる情欲なるものを一切脱離せなくてはならないと信ずる者も居ます
かくのごときこれ等の考への者とは主として富貴より成れる世間的事物を斥け神・仏・救ひ・永遠の生命に関して絶えず敬虔な想念を懲らし祈願を励み教典を読誦して功徳を積み世を捨て身肉を離れて霊に住めるものだと思つてをります
神界とはかくのごとくにして上り得るものではありません
世を捨て霊に住み身肉を離れやうと努むる者はかへつて一種悲哀の生涯を修得し神界の歓喜を摂受することは到底できません
それは各自の生涯が死後にもなほ留存するがゆゑです

神界に上りて歓喜の生涯を永遠に受けむと思はば先づは現界において世間的の業務を採りその職掌を尽くし道徳的民文的な生涯をおくりかくして後にはじめて霊的生涯を受けねばなりません
これを外しては霊的生涯を成しその人霊をして神界に上るの準備を完ふし得べき途はありません

内的生涯を清く送ると同時に外的生涯を営まない者は砂上の楼閣のごときものであり次第に陥没しあるひは壁落ち床破れ崩壊し顛覆するごときになりぬ

・・・「人(霊止)還りの道」200編へつづく


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